「え……っ」
知っていたことに驚いたのか、それともあまりに冷めた態度だったことに戸惑ったのか、喜代美は瞠目して私を見つめる。
「あ……ご存知だったのですね。なんだ……そうか」
そうつぶやくと、喜代美は視線をさまよわせてうなじを掻く。
チクリと胸が痛んだけど、外の世界にどんどん夢を膨らませてゆく喜代美を見ていたくなくて、ことさら意地悪く言ってしまった。
「自分の名がどこに由来しているかぐらい、とうの昔に父上から伺ってるわ」
喜代美は気恥ずかしい微笑を浮かべる。
「……羨ましいです。だってまるで、自分の分身が広大な海を泳いでいるような気になりませんか?」
「はあ?羨ましいですって?」
考えたこともないようなことを言われて、眉をひそめた。
「魚と同じ名を付けられて、誰が喜ぶと思う?
それに父上から聞かなかった?
サヨリは白く美しい外見かもしれないけど、腹を割ると中身は真っ黒なんですって。
ここでは見馴れない魚だから知られていないけど、江戸だか上方のほうでサヨリといえば、腹黒い人のたとえにされているそうよ。
私、叔父さまからそれを伺ったとき、ものすごく落ち込んだわ……」
だから私の名は『さより』でなく、『さよ』で十分だったんだ。
名前の話になるたび、何度そう思ったか。
「私は、自分の名が大嫌い」
つい苦々しく言い捨ててしまった。
「………」
―――喜代美の顔が見れない。
こんなはずじゃなかった。
喜代美はただ、私を喜ばせようとしただけなのに。
私は年上なんだから。たとえ自分の気持ちを害されても、彼に悪気がないのは明白なのだし、
素知らぬふりして話に合わせればよかったんだ。
そうすれば喜代美にまで嫌な思いをさせることはなかったのに……。
うつむいて襟巻きに顔をうずめると、喜代美の匂いに胸が苦しくなる。
(―――謝らなきゃ)
そう思うのに言葉が出てこない。
何か言ったら涙が出そうで。
「……私は、とても良い名だと思います」
静かで穏やかな、喜代美の声が響く。
ためらいがちに見上げると、私を気遣う柔らかなまなざしが優しく包んでくれる。
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