喜代美のぬくもりと匂いに包まれて、安心して心が落ち着いてくるのがわかる。
喜代美がとなりにいるだけで、さっきと全然違う。
喜代美の不思議な力。
「……それで、私に打ち明けたいことって?」
心が温まってきて優しい気持ちになれたから、彼がここに来た理由を静かに促す。
今ならどんなくだらない話だって聞いてあげたい気分。
喜代美は相好を崩すとすぐ口を開いた。
「あのですね、夕餉のあと、父上と叔父上が江戸へ勤番に赴いたおりのお話を、源太とともに伺ったのです」
「ああ、さっきの……」
「はい。やはり天下のお膝元。会津とは違うのですね。
他国からたくさんの人が集まり、町や人もとても賑やかで活気づいていて、文明の先端を知るにはもってこいだそうです」
喜代美は瞳を輝かせて夜空を見上げる。
私には不安しか見つけられなかった真っ黒な空に、希望の光を見い出したかのように。
「海のことも伺いました。海は広大でどこまでも続き、猪苗代湖とはまったく異なるそうです。
その水はとても塩辛く、飲むことができないほどだとか」
「……へえ」
「海の恵みというのはすごいです。
会津でも山塩が採れますが、塩のほとんどは海水から作られるものですし、魚は種類も豊富で、人より大きなものも捕れるそうです。
他に貝や海藻なんかもありますし。
わが会津は山国で、海と無縁な感じを受けるでしょうが、
わが藩は樺太出張や江戸湾警備などの役も幕府から仰せつかっておりますし、食べ物だって、こづゆには貝の出し汁を使いますでしょう?
身欠ニシンの山椒漬けや棒ダラなんかも、海の魚を使った料理です。
そう考えると、見たこともない海が身近に感じられませんか?」
完全に海への憧憬に心を奪われて笑顔で同意を求める喜代美に、私はすっかり興ざめして適当な相づちを打った。
「……そうね」
せっかく膨らんだ気持ちが、いっきに萎んでしまった。
※相好を崩……喜んでにこにこする。にこやかな表情になる。
※憧憬……あこがれること。また、あこがれ。
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