その日の夜 夕餉が済むと、殿方たちは話に盛り上がっていた。
晩酌をする父上や弟の主水叔父さまがふと語りだした若かりし頃の江戸話に、喜代美や源太が身を乗りだすようにして聞き入ったからだ。
私も仲間に入りたかったが、いかんせん女の身ではゆったり寛いで男の話にまざることなどできず、
食事の後片づけやらなんやらであわただしく、結局話を聞けなかった。
ほろ酔い加減の父上が自慢気に語る江戸話を、喜代美は目を輝かせて聞いている。
やっぱり喜代美は国を出たいのかな、なんて思いがチラリと頭をよぎり、心の中をなぜだか寒風が吹き抜けた。
――――今宵は新月だ。
しかも空は分厚い雲で覆われているから星も見えない。
喜代美もさすがにこんな夜は部屋から出てこない。雨戸もぴっちり閉ててある。
(……もう眠っただろうな)
私はなんだか眠れなくて、縁に腰かけ膝を抱えぼんやりと桜の木を眺めていた。
闇夜だから木の上のほうはもちろん見えない。
幹だけが、そばに置いた手燭の灯りと雪の照り返しに頼りない姿を映している。
(……なんだろうなあ)
なんだか、女の自分が虚しく思える。
女ってだけで、未来を閉ざされている感じ。
女はただ、親の決めた相手に嫁いで、子を産んで育てて。
外の世界などいっさい見ることもなく、主人に仕え、ひたすら家を守るだけのつまんない一生。
(その点 男はいいよなあ)
能力があれば、努力と運次第でどんどん未来がひらけるんだもの。
年が明ければ 私ももう十七。
いつ嫁ぎ先が決まったっておかしくない。
父上は私をどこに嫁がせるおつもりだろう。
ふと脳裏に喜代美の兄君がたが浮かぶ。
ああいう若者に縁付く自分を想像してみる。
私だって年頃だ。耳年増な友人からかじる程度だが、「男女のいろは」だって聞いている。
男はたくましいほうが頼りがいがあると思うけど、
あんな身体に組み敷かれるのかと思うとゾワリとする。
つい想像して気持ち悪さに肌が粟立ってしまい、自分で自分を抱き寄せた。
女子は嫁いで子を産んでこそ、やっと周囲から一人前と認めてもらえる。
両親もそれを望んでいるだろうし、そうでなければならないのだ。
けれど、そうすることでしか認めてもらえないことが無性に悲しく思えた。
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