どうやら午睡を邪魔され怒った虎鉄が、喜代美を引っ掻いたらしい。
「喜代美、大丈夫!?」
あわてて訊ねると、喜代美は顔を苦笑で歪めながら、
「心配ありません」と言うように片手を前に押し上げた。
「こら虎鉄!お前は主人になんてことすんのよ!?」
布団をめくって叱ると、虎鉄はその隙間からものすごい勢いで飛び出して物陰に隠れてしまった。
「虎鉄を叱らないでやって下さい」
炬燵から足を出して、なだめるように喜代美が言う。
見ると袴の裾からのぞく脛には赤い四本線。
虎鉄が引っ掻いた痕だった。
「ごめん……私が足で虎鉄をもみくちゃにしたから」
「違いますよ。私の悪ふざけが過ぎたんです。
せっかく気持ちよく寝ていたのに邪魔してしまった。虎鉄が怒るのは当たり前です。
それより、姉上は引っ掻かれませんでしたか?」
「うん……」
「よかった」
私が無傷と分かると、喜代美は安心して笑う。
本当は引っ掻かれるべき相手は私なのに。
虎鉄を揉みしだいたのは私だもの。
喜代美みたいに触れているだけなら、虎鉄も怒りはしなかっただろう。
「待ってて。今 手当てを……」
申し訳なくて、薬箱を取りに行こうと立ち上がる私を喜代美が止める。
「あ、姉上お待ち下さい。……お静かに」
引っ掻き傷などまったく気にしない様子の彼は、
顔をあげて何事かに集中するように庭側の障子に目を向け、耳をそばだてる。
「喜代美?」
「………」
声をかけると、それを制するかのように人指し指を口元にあて、
喜代美は四つん這いになりながらゆっくりと障子に近づいた。
そして静かに障子を四寸ほど開けると、黙したまま私を手招く。
なんだろうと、私も喜代美のとなりに同じように四つん這いに並んで、障子の向こうを覗く。
すると、彼が横から囁いた。
「……庭先の松の枝をごらん下さい」
私は言われるままに松の枝を見上げる。
何のことはない。
午後の穏やかな陽射しが降り注ぐ雪景色の松の枝に、どこからか来た小鳥が一羽止まっているだけだ。
.

