「さより姉上。ちょっとこちらへ来て下さい」
今日も日新館から帰ってきた喜代美は何かを見つけたらしく、機織り部屋で仕事をしている私を手招きして呼ぶ。
仕事の手を止められ ため息をつきつつ、それでも素直に従い立ち上がった。
「こちらです、姉上」
喜代美は楽しそうな様子で私を促すが、たとえそれがどんなにくだらないことだとしても、けして怒ってはならない。
そんなことをしたら、またあの満月の晩のように声をかけてもらえなくなる。
いちいち呼ばれるのも面倒だが、呼んでもらえないことのほうがものすごく腹が立つとあの時学んだ。
だからあれから、必ず呼びかけには応じるようにしている。
――――それに。
私を呼びに来る喜代美が、あんまり楽しそうで生き生きとしているから。
その笑顔がなんだか可愛くて、つい理由を知りたくなってしまうのだ。
喜代美は居間まで来ると、中央にある置き炬燵の前で座り、その中へと両足を突っ込んであぐらをかいた。
訳がわからず突っ立ったまま首を傾げる私を見上げて、
「さ、姉上もどうぞ。暖まって下さい」
と、炬燵に入るよう促す。
見上げる喜代美は瞳をいたずらっぽく輝かせて、私が入るのを待っている。
私は眉をひそめて訝りながらも、促されるまま彼の向かいに座り、炬燵に足を入れた。
「!! わっ!? なに!?」
炬燵に入れた足先には、ふにゃふにゃした毛むくじゃらの感触。
「……これ、虎鉄!?」
「ね? 暖かいでしょう?」
喜代美は稚気全開の笑顔で同意を求める。
「機織り部屋は寒いですから、足先も冷えましょう。
少しここで暖めたらどうかと思いまして」
「あんたね……」
あきれつつも足先でまさぐると、確かにその毛並みは肌触りもよく暖かい。
寒さが苦手な虎鉄は、気だるい午後を暖かな炬燵の中で午睡していたようだ。
暖かな中にふわふわとした感触。
ついつい気持ちがよくて、仕事に戻るのも忘れてふにふにと足踏みするようにその身体を揉んでいたら、
「いっ……!」 と、いきなり喜代美が顔を歪めた。
※稚気……子供っぽいようす。
※午睡……昼寝すること。
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