この空を羽ばたく鳥のように。





 素直に謝る喜代美の声は、いつにもまして柔らかく穏やかで。
 やっと私の思いが分かったかと、ゆるゆる怒りが抜けてゆく。
 そんな私に、喜代美は優しく語りかけた。



 「あなたは、着飾る必要などないのです」

 「……?」



 喜代美の胸に顔を押しつけられているから、彼の表情は見えない。
 けど聞こえる。喜代美の鼓動が大きく脈打っている。
 その音が……少し速い。



 「そのままで十分なのです。あなたは……私の自慢なのですから」

 「嘘だ……」

 「嘘は申しません。掟に反します」



 そんなことわかってるよ。喜代美は絶対、嘘なんかつかない。

 本当は嬉しいの。
 素直に受け入れられないのは、私があまのじゃくだから。



 「……もうわかったから、叩かないから。いい加減 離してよ」



 観念したように言うと、緩めるどころか もう一度腕にギュッと力を込められた。



 「まだ……寒いです」



 その甘えた声に、あきれてため息を落とす。



 「まったく……格好つけるからよ。子どもみたい。おっきな子ども」

 「そうですね……。今だけは、子どもでいいです」





 ――――不思議。喜代美に抱きしめられていても、全然嫌な感じがしない。

 八郎さまとは手が触れただけで、戸惑って……なんだか嫌だった。


 なぜだろう?
 たぶん……喜代美は両兄君と違うから。


 あの男子独特な血気盛んな様子もないし、脂で鼻や額が光っている訳でもない。腕や足だってつるつるだ。
 まだ年若いせいもあるかもしれないけど、もともと喜代美はとても中性的で、男子の不快さを感じさせない。


 だからきっと、安心できるんだわ……。





 「姉上、ごらんください。月がとてもきれいですよ」



 喜代美がやっと腕を緩めてくれたから、ようやく顔をあげることができた。

 喜代美の腕の中でゆっくり冬の空を見上げると、
 冷たく澄んだ空気のなか、藍色に塗りつぶした夜空にぽっかり浮かぶ満月がキラキラと輝く。

 そしてその月の淡く優しい光りに照らされて、私を見つめる喜代美の整った顔には、柔らかな微笑が浮かんでいた。



 ねえ、喜代美?……私達は姉弟だよね?

 なら、胸に膨らむこの気持ちは、いったい 何なのだろう?