笑いを噛み殺すとなぜか喜代美は立ち上がり、自分の着ていた褞袍を脱ぐ。
「風邪を召されると困りますから」
私だってちゃんと布子の半纏を着ているのに、そう言って喜代美はさらに自分ので私を包み込んだ。
おかげで喜代美は寝間着一枚の寒い格好。
「ちょっ……いい!あんたのほうが寒いって!風邪ひくでしょ!?」
「私は大丈夫ですよ。男ですから。これでも身体だってちゃんと鍛えているんです」
「でも……」
喜代美ににっこり微笑まれると、何も言えなくなってしまう。
優しさとぬくもりが移った褞袍の襟元を胸に引き寄せると、あの夏の夜を思い出して何とも言えない不思議な感覚がよみがえる。
トクン、と 胸が鳴る。
喜代美は安心して柔らかく微笑むと、再び縁に腰掛けてから月を見上げて苦笑を漏らした。
「参ったな……いつもこれだ。こんな情けない姿を誰より見られたくないのに。
姉上にはいつも、みっともない姿ばかり見られてしまう」
(……それはまた私に、津川の家督を継ぐ器じゃないと思われると困るから?)
「……私、前に言ったでしょう?誰にどう思われようが、あんたは堂々としていればいいって。
あんたは必要とされてるんだから、私なんか気にしなくてもいいのに」
それにたしかに喜代美には、男らしい強さやたくましさは感じられないけれど、心の中に強い芯を持っている気がする。
喜代美が心に決めた、何かの強い信念。
私はその中に喜代美らしい強さを感じる。
他の男子には見られない強さを。
だから私も、喜代美なら津川家のゆくすえを委ねられると思ったんだ。
けれど喜代美は、苦笑を自嘲に変える。
「ですが今日はさすがに父上も残念に思ったことでしょう。なぜ 兄達のような男子が養子に来なかったのかと」
「まさか……そんな」
「私が金吾兄のように話題が豊富なら、八郎兄のような頼もしい好漢だったならば、父上をもっと喜ばせてあげられたでしょうに。
……父上はきっと、後悔なされたに違いありません」
目を伏せて寂しく語る喜代美に、
ああ、様子がおかしかったのはそのせいだったのかと気づく。
※褞袍……綿を入れた広袖の着物。
※布子……木綿の綿入れ。
.

