大きく目を見開いたまま 二の句が告げられない喜代美に、「どうした?」と、八郎さまが声をかける。
喜代美は はっとした表情を見せると、視線を泳がせてうつむいた。
「あの……ご用がおありでしたら、こちらからお伺いいたしましたのに」
もごもごと言う喜代美に、金吾さまが明るく笑う。
「いや、こちらで喜代美がどのような生活を送っているのか見てみたくてなあ!
お前が世話になっているというのに、一度も挨拶に伺わず、申し訳ないと思っておったし。
おかげでお前の自慢の姉上も拝見できた!」
(おいおい、私は見世物かね?)
けれど、喜代美が私のことを自慢していたと聞いて、悪い気はしない。
「喜代美の申しておった通りだったぞ!さよりどのはたしかに物怖じしない姉上じゃ!
それに器量も申し分ない!こんな姉上がそばにいるとは羨ましいぞ!お前は幸せ者じゃな!」
「はあ……」
喜代美は返事に困ったように、言葉を濁してうなじを掻く。
「おいおい、そんなところにいつまでも座ってないで、こっちに来いよ」
金吾さまの仰せに喜代美はのそのそと立ち上がり、おふた方の向かいに正座した。
「あ……喜代美、今お茶を淹れてくるわね」
うっかり八郎さまのとなりに座ったままだった私は腰を浮かせた。と、
「―――よい匂いがしますね」
立ち上がりかけた私に八郎さまがおっしゃるので、
「はい。それは母が好むお茶で、香りがよいと評判なんです。銘柄はたしか―――」
記憶をたどりながら答える私に、八郎さまは笑って首を横に振る。
「違いますよ。この香りはさよりどのから」
「私?……ああ!これですか?」
私は帯に挟んでいた匂い袋を引き出した。
「下手ながら、自分で調合しているんです。
お茶の香りを濁しましたらどうぞお許しください」
気恥ずかしさに照れて笑う私に、八郎さまは柔らかく目を細めた。
「いえ、大丈夫ですよ。……そうですか。ならばこれは、あなたの香りということですね」
「えっ……?はあ……まあ……」
反射的につい顔が赤くなる。
同じ年頃の若者から、こんなふうに言われるのは初めてのことだから。
どうお答えしたらいいのか分からない。
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