この空を羽ばたく鳥のように。




 彼は泣いている私をベンチへ導いて座らせると、自分もとなりに腰かけた。
 そして私が泣き止むまで、黙って缶コーヒーを飲みながら待っていてくれた。

 次第に涙がおさまって落ち着いてくると、さっきとは違い、肩が触れるか触れないかの距離で彼が横にいることにドキドキする。

 男の人の前で泣いてしまったことも恥ずかしい。



 「落ち着きましたか」

 「うん……」

 「よかった」



 微笑んで、彼は腕時計に視線を落とす。



 「すみません。まだこうしていたいのですが、そろそろ仕事に戻らなければならなくて」

 「あっ……そうだよね。ごめん……仕事あるのに」



 とたんに寂しさが募る。本当は彼がくれるこの胸の甘さに、もう少し浸っていたい。



 「次は、日曜日に会えますね」



 確認するように言われて、今度は素直にうなずくと、彼は嬉しそうに目を細めた。



 「日曜日、晴れたら海へ行きましょうか。僕が車で連れて行きますから」

 「……ほんとに?」

 「はい、約束します。だから、楽しみに待っていてください」



 彼は微笑む。その笑顔が、私の心の奥底にあるぼやけた記憶の笑顔と重なる。


 一瞬のうちに心を覆ったせつなさが、ふわりと消えて温かくなってゆく。



 「……うん。楽しみにしてる」





 ――――約束。海へ連れて行ってくれる約束。





 (やっと、夢がかなう)



 なぜかそう思って、嬉しさが込み上げた。



 「ようやく笑ってくれましたね」



 知らず口元に笑みが浮かんでいるのを見て、彼も嬉しそうに笑う。


 言われて、恥ずかしさにうつむいた。


 彼は缶コーヒーを飲み干すと立ち上がり、上着の内ポケットから名刺を取り出した。



 「まだまだ社会人なりたての新米ですが、僕の連絡先が書いてありますから」



 そう言って、私に差し出してくれる。



 「あっ、じゃあ、私のも……」



 あわててバッグからスマホを取り出すも、彼は「いいです」と 笑ってそれを制した。



 「そんな簡単に、男に連絡先を教えちゃダメですよ」

 「でも……」

 「それは、次回まで楽しみにとっておきます」



 初対面だからの、彼なりの配慮だろうか。
 残念に思う反面、なんだかくすぐったい。


 受け取った名刺を見つめる。
 そこに書いてある彼の名前を呼んでみる。





 「―――きよみ、さん?」





 呼ばれて、彼は笑顔で応えた。





 「はい、清見(きよみ)です。これからよろしく、さよりさん」





 優しく名前を呼ばれ、甘やかな心地が胸に広がる。



 この気持ちが恋になる予感に、胸がときめく。





 (――――嬉しい)





 今度はずっと一緒にいられるよね?

 幾重にも交わす約束を、ふたりで叶えていけるよね?










 『あなたが覚えている限り、約束は消えません。だから、どうか忘れないでください』













 ―――― 私達の物語は、まだ始まったばかり ――――














          《完》