この空を羽ばたく鳥のように。




 今なお 鮮やかに記憶に残る、おふたりの姿。



 (間違いねえ……!津川さまと源太さまだ!)



 こんな奴の口からではあるが、ここでおふたりの話を聞くことになるなんて……‼︎


 声を詰まらせ、次の質問ができねえわしの代わりに、みどりさまが訊ねてくだせえやした。



 「それであなたは、その老武士と何をお話しになられたのでしょうか。覚えておられますか」



 はい、と清吉は力強くうなずいたが、話を聞くわしらの身を乗り出さんばかりの勢いに飲まれ、その口調は弱いものになりやした。



 「それが……、いつものように私が垣根越しに娘を見つめていると、いつの間にかとなりに佇んでいて……」



 ―――――どうだ。娘を気に入ったか。



 そんな声をかけられ、となりを向くと見たこともない老武士が立っていた。長らく私と娘しかいなかった夢の中に、突如あらわれた他人に驚き、はじめは言葉を返せなかった。



 「どうだ。娘を気に入ったか」



 老武士も娘を見つめながら、もう一度同じ言葉を繰り返した。懐かしいものを見る目で、穏やかな声音だった。



 「はい。とても」



 正直に答えると、老武士はこちらを向き「そうか」と微笑んだ。目尻のシワが怖そうな容貌(ようぼう)を優しいものに変えた。

 しかし今宵ようやく本懐叶うと思った矢先に、縁者と名乗る男達に娘を連れていかれたことを思い出した。



 「ですが、娘のことは今日を限りに忘れよと、縁者の者に告げられました」



 寂しさが募る。夢の中でこうして見つめることはできても、触れることはない。この垣根も絶対に越えられないものだと何故だか分かっている。

 現実の娘を抱きしめ、その感触を知った今では、なおさらそれが苦痛に思えた。



 「ならば あきらめるか」



 老武士の言葉を自分の心の中で反芻(はんすう)させる。

 娘と言葉を()わし、手を取り触れ合ったわずかな時間が、ずっと見続けてきたこの夢の何よりも(まさ)っていた。
 血の通った温かな生身に触れる感触。それを味わえる喜びに満ちあふれていた。

 あれで終わりだったと思いたくない。



 「―――いいえ、いいえ!あきらめきれません!」



 飽きっぽい自分にしては、めずらしく執着があった。あんな恥をかかされたのに。



 (そんなことはどうでもいい。娘に会いたい)



 あの痩せ細った可哀想な娘を、このままにしておけない。かつてのものであったろう、今 目の前で楽しそうにしている姿のように、すべての苦しみを取り去ってやりたい。

 目の前で見ている娘の笑顔より、瞳に哀しみをたたえた貧相な娘の姿が色濃くなってゆくのが分かる。
 自分の中で、どちらを求めているかは明らかだった。



 「ならば 幸せにしてやってくれ。―――頼んだぞ」



 ハッとして振り向くと、老武士はもうこちらに背を向けていた。
 供の者だろう、若侍が待っていて「旦那さま」と声をかけていた。
 若侍はこちらを一瞥(いちべつ)したあと、垣根向こうの娘を見つめて黙礼し、老武士の後を追って消えた。



 「もしやあの老武士も、さよりさまのお身内なのではございませんか」



 清吉に訊ねられ、旦那さまとわしは、お互いの顔を見つめやした。わしがうなずくと、旦那さまは苦い顔で深く息を吐きやした。



 「おそらく、わしの亡き兄……さよりの父じゃ」



 それを聞いて、清吉の顔が光明を差したように明るくなる。



 「でしたら、こうはお考えできないでしょうか。さよりさまの父君が娘の身を案じて、夢を通じて私との縁を取り持たれたと。でなければ私が同じ夢を見続ける理由がございません」

 「む……」

 「私はこう考えました。夢の中のあの幸せそうな笑顔は過去のものではなく、これから私が与える未来の姿なのだと。そのために父君は私を婿に選び、さよりさまを託されたのです。
 そして私も、さよりさまを妻として幸せにするつもりです。誓って妾のような扱いはいたしません。
 家でも肩身の狭い思いなど、この私が決してさせやしませんから。
 ですからお願いです。どうか私に、さよりさまを預けていただけませんか」

 「むむ……」



 父親である津川さまを味方につけて、水を得た魚のように、ここぞとばかりに清吉はぐいぐい押してくる。
 くやしいが、奴の話を信じる気にもなっておりやした。

 津川さまがさよりお嬢さまの身を案じ、夢を使って清吉をその気にさせた。

 人物的にはどうかと思うが、家は裕福、財力もある。それに、さよりお嬢さまを思う心は本気のようだ。

 金さえあれば、さよりお嬢さまの病も医者によく診てもらえるじゃろうし、高い薬代も気にしなくたっていい。こいつも付きっきりで看病してくれるだろう。

 夢の話を信じるも信じないも、結局、さよりお嬢さまがゆとりある暮らしをするためには、断る理由なんぞあるわけがねえ。

 最初からこのいけ好かねえ奴に、お嬢さまを託すしかなかったんじゃ。


 けんど……源太さまはどう思っておるのじゃろうか。
 津川さまがそうご判断したとして、源太さまはそれに納得されたのじゃろうか。










 ※容貌(ようぼう)……顔かたち。

 ※一瞥(いちべつ)……ひと目ちらっと見ること。


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