この空を羽ばたく鳥のように。




 旦那さまは再び居住まいを正すと、腕を組んで重い息をつきやした。



 「どうにも()せませぬな……。何故そこまで、さよりに執着するのです。そちらほど裕福であれば、嫁のもらい手など、()()数多(あまた)でしょう」



 清吉の熱意が伝わったのか、多少丁寧さを交えた旦那さまのお言葉に、奴は恥ずかしそうに頭を下げやした。



 「正直なところを申せば、私も最初は妾として囲うつもりでした」



 「っ!」と、また立ち上がりそうになるのを、みどりさまが膝に手を置き制しやす。



 「ですが、先日の津川さまやご縁者の方のお怒りになる姿を拝見いたしまして、妾の扱いでは失礼にあたるのだと思い至りました。
 きちんと妻に迎えるならば、お許しもあるかと思い、お話を持ってきた次第でございます」

 「………」



 わしらは無言で視線を交わしやした。旦那さまも清吉の真意を(はか)りかねているようでした。



 「私はどうしても、さよりさまを幸せにして差し上げたいのです!」



 それが自分の責務だと言わんばかりの熱っぽさに、一同どうしたもんかと困惑しやした。
 そんなとき、みどりさまがためらいつつもお訊ねになられたんです。



 「あの、なぜそこまであの子を思ってくださるのですか。どうしてもその、勤め先で見かけただけで、さようにお考えになられるとは思えないのですが……」



 皆で注目すると、清吉は照れたように頭を掻いてはにかみやした。



 「こんな話、信じていただけないでしょうけど……。実は私は、さよりさまにお会いする前から、あの方を存じ上げていたのでございます」

 「え……⁉︎ 」



 どういうことかと理由を訊ねたところ、清吉の話はとても信じられんものでした。

 なんと奴は、実際にさよりお嬢さまにお会いする以前から、夢の中でお嬢さまに会っていたと言うんです。



 「夢を見始めたのは、二•三年くらい前になりましょうか……。ある時から、時どきではありましたが、同じ夢を見るようになったのです。

 たわいもない夢でした。

 屋敷の中でひとりの娘が、花を生けたり、家を掃除したりと、何気ない日常を過ごしている。それを垣根の向こうから私が眺めているのです。

 その娘は何をするにも、嬉しそうにしたり不機嫌になったり、くるくる表情を変えるのです。そして最後はいつも楽しそうに笑っておりました。

 その姿を垣根越しに眺めていると、いつの間にか私も楽しくなるんです。どんなに眺めていても飽きない。目が覚めたあとも、なぜか心があたたかい。そんな幸せな夢でした。

 ただひとつ残念なのは、私が垣根の向こうに行けないことでした。

 屋敷への入り口を探そうにも、どこにも見当たらない。ならばと声を張りあげ呼びかけるも、娘は私に気づきもしない。

 こちらを見ることもなく、触れることもできず。
 ただ同じ夢を繰り返し見るしかできないのです。

 私も半ばあきらめて、その娘は夢の住人で、夢でしか会えないものだと思うようになっておりました。

 ですからさよりさまをお見かけした時は、息を呑みました。夢の中とは違い、とても貧相なお姿でしたが、間違いなくあの娘だったのです」



 驚きのあまり、言葉が出やせんでした。

 二•三年前というと、ちょうど会津人が斗南へ移住してきた頃。



 (そんなことがあるのじゃろうか……?)



 けんど夢の中で愛しく思っていた娘が、実際目の前に現れたら、触れたくなるのも、手に入れたくなるのも道理だ。たやすく想像できることじゃねえか。

 思わずちょっとだけ肩入れしそうになりやしたが、旦那さまはその話を聞くなり、かえって鼻白(はなじろ)んだようにおっしゃいやした。



 「まったくもってくだらぬな。失礼ながら、それはそちらの勝手な思い込みでござろう。
 夢の中で()うたなどと……。
 さような理由で、家の者を巻き込まれては迷惑千万。この話は受けられぬ。お引き取り願おう」



 きっぱり断られて、内心(あ〜あ)と同情する部分もありやしたが、それとさよりお嬢さまのことは別もの。
 (ざまぁみろ)と胸ん中で舌を出しておりやしたが、清吉は思ったよりしぶとく食い下がりやした。



 「いいえ、私はあきらめません!さよりさまをお見かけした時、私は運命を感じたのです!」


 (あ〜あ。こいつ、イッちゃってらあ)



 呆れかえるほど面倒くせえと思われてることも知らずに、清吉は熱弁を振るい続けやした。



 「さよりさまを、夢の中で笑っていたように幸せにして差し上げたい!そして私のそばにいてほしい!
 私にはあの方が必要なのです!それに……!
 津川さまにさよりさまを連れていかれた晩も、私はあの夢を見たのです。
 “今日を限りに娘のことは忘れよ”。そう仰せられたばかりだったのに……。
 しかもその時ばかりは、いつもの夢とは違いました。
 いつもは娘と私だけしかいなかったのに、その日私は、初めて声をかけられたのです。
 娘にではございません。見たこともない老武士でした。白髪混じりの(まげ)を結った……」



 「えっ!」と、わしは耳を疑いやした。
 旦那さまとみどりさまを交互に見ると、おふたりも驚いたまなざしを向けておりやす。



 「まっ、待て!そ、その老武士とは、どんな……⁉︎ 」



 血相を変えてこちらが飛びつくと、面食らったように清吉は口籠(くちご)もりやした。



 「どんな、と申されましても……。特に(しゅ)たる特徴もなく……」

 「何でもいいから思い出せっ!」



 苛立ちながら促すと、う〜んと唸りながら記憶を辿りつつ、清吉は言いやした。



 「ええと、お顔は若干(じゃっかん)面長(おもなが)で……気難しそうな感じの……威厳を(まと)ったお方で……ああ!それから、その老武士は供に若侍を連れておりました。
 私と同じくらいの年の、大刀のみを差した、眉の太い精悍そうな男です」

 「………‼︎ 」



 それを聞いたとたん、わしの目から涙が溢れやした。


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