この空を羽ばたく鳥のように。




 新潟に着いた私達一団は、寺町にある真浄寺というお寺に下宿することになった。

 ここ寺町は、名前の通り、古くからの寺社が並ぶように建てられている。真浄寺は大きなお寺で、百六十三人もの大人数を分宿させることなく泊められた。

 私達は船出まで、そこにしばらく滞在することとなる。

 ならばせっかく来たのだから、新潟の町を見物に行こうと、少しずつ辺りを散策しながら範囲を広げていった。


 明治三年三月から新潟県(※)の支配に置かれた新潟の町は、津川とはまた違った町並みだった。

 新潟町の町割りは信濃川に沿って形づくられており、信濃川に並行した道を『(とおり)』、直交して信濃川につながる道を『小路(こうじ)』と呼んだ。『通』には店が並ぶが、『小路』に店はない。

 町全体の縦横に水路がめぐらされていて、ひっきりなしに荷を載せた小舟が行き来している。陸送するものはひとつもない。店の前まで舟が荷物を運んでくれるのだ。
 人家は隙間なく並び、職業ごとに居住地が決められていた。生活用水や飲料は、井戸を使うより河水を利用しているようだ。

 故郷会津とはまったく違う。見るものすべてがめずらしい町の賑わいを堪能したあと、私はどうしても行きたい場所があった。

 次の日。朝早くに母上やえつ子さまに、そこへ出かける断りを入れた。
 「どうせ船出の際に見れるではないですか」と、母上は消極的だったけれど、「私も見てみたいわ」とおっしゃるみどり姉さまと、お供に九八を連れて、三人で出かけることにした。

 夏の日差しが照りつけるなか、笠をかぶり汗をかきながら歩いていくと、ふとべたついた風が頬を撫でた。そして近づくにつれ、聞き慣れない音も聞こえる。まるで小豆を袋に流し入れるような音。



 (近い)



 急かされるように、足が速くなる。

 砂地を息を切らして走りながら、防風林だろう極端に幹が曲がった松林を抜けるといっきに視界が開けた。


 目の前に広がる、一面の大水(たいすい)
 今まで見てきた、どんな川よりも大きくて広い。

 ――――これが、海。



 「へえ!これが話に聞く海ですかい!でっけぇなぁ〜!」

 「本当に……壮大で、とても美しいわ……」



 九八とみどり姉さまが、思わず感嘆の声を漏らす。


 べたつく風とともに独特な匂いを感じさせる。海の匂いとでもいうのだろうか。遠くからいくつもの三角波がとめどなく浜辺へ押し寄せている。

 海風にあおられ波が打ち合う音は、時に激しく、時に柔らかく、くりかえしくりかえし耳に余韻を残す。

 空と海。同じ色じゃない青が、お互いの領域を守るように一直線にくっきりと分かれて果てしなく広がっている。

 海面には白い帆を張って進む北前船。明治元年十一月から正式に諸外国に開港されたため、外国の商船も何艘か沖に停泊していた。
 その向こうに見える島は、きっと佐渡ヶ島だろう。


 喜代美が憧れを抱いた海。
 そして私に見せたかった海。



 『いつかあなたを連れて、海へ行ってみたい』



 屈託なく笑う喜代美の顔が、はっきりと思い出される。

 あの時はその笑顔を見つめながら、もし私が海を見れるとするならば、それは喜代美が手を引いて連れて行ってくれる時だと信じていた。



 『私が連れて行きます』――――喜代美がそう約束してくれたから。

 けれど今、どこを見回しても喜代美はいない。

 一緒に海を見ようって。連れて行ってくれるって。そう―――約束したのに。



 「……っ、」



 胸の奥から込み上げてくるものが、涙を引き寄せ視界を遮る。
 こらえていた嗚咽が、波の音に合わせて大きくなってゆく。

 茫洋たる海が開放感を促しているのだろうか。
 急に心を解き放ちたくなって、立ち尽くしたまま、誰に憚ることなく声をあげて泣いていた。



 「うっ……うわぁあああん!あああぁ〜ん!」



 突然泣き出した私に、九八とみどり姉さまが驚く。

 波打ち際で遊んでいた子ども達も、浜辺で網を広げ、破れ目を繕つくろっていた漁師も、びっくりしてこちらを遠巻きに見つめる。



 「どっ、どうしたんですかぁ、急に!そんなに泣くほど、初めて見る海に感動したんですかい?
 なんでぇ、さよりお嬢さま、まるで子どもみたいですよぉ?」



 なだめようとしているのか、九八がいつものように冗談めかして笑うのへ、みどり姉さまが袖を引いて首を振る。
 それで察した九八は、笑みを消して黙り込んだ。

 いい大人が、人前で大声で泣くなんてみっともない。分かっているけど、内側から溢れだす欲求を止めることもできずに泣き続ける。



 「わあああぁぁん!あああぁ〜ん!」



 だって、喜代美がとなりにいないんだもの。
 私だけが見たって、意味がないもの。

 ふたりで一緒に見る景色じゃなきゃ―――――。



 (どうしていないの……!喜代美……!どうして‼︎ )



 なんで私はひとりで(ここ)にいるの。
 どうして、私だけ―――――!



 心の叫びは、波の音と相まってかき消されてゆく。残ったのは、どうにもならない虚しさだけだった。

 約束したあの頃は、連れ出してもらえないかぎり、鳥籠から出られないのは私のほうだと思っていた。

 けれど、そうじゃなかった。

 会津という鳥籠から出ることが出来なかったのは、喜代美のほうだった。










 ※新潟県……明治2年6月17日に勅許された版籍奉還に伴い、府藩県三治体制が敷かれたことで誕生した。
 新政府が没収した旧領地のうち旧幕府の京都所司代や奉行などの支配地が『府』、旧大名の支配地が『藩』、それ以外(敗者側の藩から取り上げた領地など)を『県』とし、それぞれに知事が置かれた。
 (松田修一著『斗南藩〜泣血の記〜』より抜粋)

 その後明治4年7月の廃藩置県により、藩が廃止され幾度かの府県統合を経て、今の新潟県となる。


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