この空を羽ばたく鳥のように。




 「そうか……。源太も逝ってしまったか」



 寂しくつぶやいて、荒川類右衛門さまは煙草を吸った。

 源太の人柄を知る荒川さまもまた、進撃隊の士官として、城外戦を戦い抜いたお方だった。
 降伏後、濱崎村に謹慎したあと越後高田へ移り、体調を崩したりしながらも、一年あまりを他の藩士とともに越後で過ごした。

 ご家族は、戦時中近郷へ避難していてご無事だったそうで、荒川さまは喜びの再会を果たしたあと、ご家族を引き連れて、藩士家族の付き添いと斗南まで移送する取締り役のひとりとして、道中を共にしていた。

 そのお姿を見かけた私は、峠の茶屋での休憩の際、荒川さまのところへご挨拶に伺い、源太の戦死をお伝えしたのだった。



 「籠城しておったゆえ、てっきり猪苗代謹慎所から東京へ向かったのだと思っておった。まさか城外で戦っていたとは……残念でござったな」



 荒川さまの労りの言葉に、私は力なく微笑んだ。



 「はい。父とともに源太を失ったことは、私達家族にとって大きな悲しみでした。
 ですが、源太はたくさんのものを残してくれました。九八もそうです」



 話しながら九八に目を向けた。休憩している母上とみどり姉さま、そしてこの旅で再会できたえつ子さまに、汲みたての水を入れた水筒を渡しながら冗談を言って笑う九八は、驚くほど頼れる男になっていた。

 元来の明るい性分や、私達を笑わせるための冗談は相変わらずだけど、以前と変わったのは、気持ちが前向きになり、多少の困難では弱音や愚痴を言わなくなったところだ。

 ボロボロに朽ちていた空き家を修繕する時も、生活が貧しく薪や食べ物に事欠く時も、九八が率先して動いてくれたおかげで何とか乗り越えることができた。



 「源太さまならきっと、こうなされるはずじゃ」



 それが九八の口癖になった。

 まるで源太が今でもそばにいて、力を貸してくれたり励ましてくれているように、九八は骨身を惜しまずよく働いた。

 源太の残した影響は、九八にとって大きなものだった。
 九八はきっと、心に焼きついている源太の生き方に、自分もこうありたいと姿を重ねながら頑張っているのだろう。

 助四郎も「ホントに兄ぃは変わったよなぁ〜」と、感心していたくらいだ。

 村で住んでいるあいだ、私達母娘だけでは立ち行かないことも、九八と助四郎という男手があることにとても助けられた。

 このたびの斗南移住にあたって届け出た際、農民や職人の移住も推奨していた上層部は、九八を藩士に仕立てたうえでの移住を認めてくれた。

 九八が一緒に移住してくれることは、私達家族にとって、とても心強いものだった。



 「ほう、あの時の賊か。なるほど、見違えるようになりましたな」

 「はい。源太の生き方に学び、その意志を継いで私ども家族を助けてくれています。今ではとても頼りになるんですよ」



 九八を眺めて目を細める。荒川さまも「そうか」と頷いて、優しい視線を向けた。


 九八も助四郎も、荒川さまも。
 みんな源太が結んでくれた不思議で大切な縁。

 本当に感謝しかない。

 源太は……私達みんなの、心の中に生きている。


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