翌日。目が覚めたのは、日が昇ってからだいぶ経ったあとでした。
敵の襲撃がなかったせいか誰にも起こされなかったようです。のそのそと起きあがると、昨日からほとんど何も食っていなかったせいか空腹を覚えやした。
そこらにいる者をつかまえて、どこに行けば飯がもらえるか訊ね、言われた場所へ出向いて握り飯をふたつもらいやした。
喜んでまたもとの場所に戻り、腰を下ろして握り飯にむしゃぶりついていると、高橋さまがわしのところへ来て声をかけてくださりやした。
『どうだ九八。ゆうべはよく眠れたか』
『たっ高橋さま!へっ、へえ!おかげさまで!』
『うむ。握り飯ももらったか。それで英気を養えよ』
『へえ!ありがとうごぜえやす!』
高橋さまはうなずかれ、機嫌よく続けられやした。
『お前のことを朝一番に上役に相談したら、昨日の戦の混乱でわが隊の兵粮方に何人か行方不明者が出たそうだ。人が足りないからお前はそこで働くよう指示された。
まあ俺に付き従うのでも良いのだが、俺もいつ戦いで命を落とすか分からんからな。
生き存えなければならぬ以上、後方支援の場にいたほうがお前もよかろう』
『あっ、ありがとうごぜえやす!』
『ただし後方支援といっても兵粮方は敵に狙われやすいぞ。それに昨日のような大きな戦なら、お前たちも兵として戦わなければならん。まったく危険がないとは言えんが、それでもよいか』
『へえ!承知の上です!』
『よし。ならば食事が済んだら、お前の働く場所へ案内してやろう。すぐに城へ連れてゆく訳には参らぬが、辛抱して励めよ』
『もちろんです!何から何までお世話になりやす!』
(この人本当にいい人だな!)
握り飯をすべて口の中に詰め込むと、地べたに正座して丁寧に頭を下げやした。
高橋さまは『おいおい、そんなに改まるなよ』と気さくに笑ってくださりやした。
それから高橋さまに兵粮方へ案内してもらい、任役と下役の侍に引き合わせていただき、わしは兵粮方で働くことになりやした。
兵粮方は文字通り、兵士の方がたが力を奮い戦えるよう、食糧の準備や運搬、その他雑用をする仕事です。
上役は侍でしたが、一緒に働くのは同じ農兵や近くの村から徴用された村人でした。
仕事を教えてもらいながら、その日一日が終わろうとしていた頃、にわかにどよめきが起こりやした。
何事かと理由を聞きに行った仕事仲間が戻ってきたんで、その内容を訊ねると、その者は表情を曇らせて言いやした。
『どうやら高田が攻撃されたらしいぞ』
『ええっ!』
『味方はとっくに敗走して、佐川さまの命により全軍大内村まで撤退だとよ。もう会津さまもおしまいだな』
『………!』
会津のお城へ食糧や弾薬、荷物などを届けるための補給基地として、会津藩家老となった佐川官兵衛さまが高田村に本営を置いておられやしたが、そこが西軍に攻撃されたというんです。
散りぢりになった会津兵たちは、大内村を目指しているとか。
『ここも準備が整い次第、大内村目指して出発するに違いねえ』
その言葉に愕然としやした。
(なんてこった……!これじゃあ、どんどんお城から遠ざかっちまう!)
再び軍隊に入り込んだのは、間違いだったか。
やはり単身でお城を目指していればよかったか。
しかし高橋さまが親身になって取り計らってくれた以上、自分から頼っておいて今さら隊を抜け出すことなどできやしませんでした。
悶々とする気持ちを抱えながら、朱雀士中四番隊が大内村目指して福永村を出立するのに従ったのは夜半のことでした。
夜通しの行軍はまるで夜逃げでもしているかのように周囲を警戒しながら進み、ようやく大内峠に差しかかったところで夜が明けやした。
陽が差して辺りが明るくなると、路傍や雑木林の中にいくつもの腐乱した遺体が転がっているという凄惨な光景を目にしやした。
大内村付近では九月初旬に戦があり、そのひどい爪痕をまざまざと見せつけられたようで背筋が凍りやした。
大内村に入った朱雀士中四番隊は、そこで止宿しながら近くの峠の番兵を昼夜交代で行い、敵が攻めてくることもなく穏やかな日々が過ぎやした。
その間 高橋さまはわしのことも気にかけてくださり、勤めのあいだにもよく様子を見に来てくださりやした。
『九八。仕事は慣れたか』
『高橋さま!へえ、おかげさまで』
『うむ。下役の者も、お前が器用で助かると申しておったぞ』
『へへ、籠城していた時は、津川さまのご家族に飯を作って差し上げてやしたからね。慣れたもんです』
『ほう、それは頼もしいな』
兵士の食事の支度を手際よくこなしながら答えるわしに、高橋さまも笑って受けてくれやした。
高橋さまは本当に気さくなお方で、わしと年も近く、交流を重ねるごとに親しくなってまいりやした。
高橋さまとはよくお話をしやした。最初は訊かれるままに郷里の様子や城内におられるお母上のえつ子さまとさよりお嬢さまご家族の安否、どういう経緯で津川さまに従っているのかなどの問いにお答えするだけでしたが、お互い気安くなると高橋さまもいろいろお話してくださいやした。
今後の敵味方の動向やご家族のお話、特にさよりお嬢さまの許嫁である「喜代美さま」のお話を。
そして高橋さまはなぜか、源太さまの人となりをお尋ねになられるのでした。
『九八。お前は源太の人柄に惚れて従うようになったと申したが、源太はそれほどまでの人物だったのか』
『へえ、そりゃもう!高橋さまのような高いご身分のお方からすれば、大した事ないと思われるかもしれやせんが、わしにとってはとても尊敬できるお侍さまでございやした!』
『ほう』
『源太さまは槍の腕前も素晴らしかったですが、お人柄もとてもお優しく、誠実なお方でございやした!
ご自身の分をちゃんと弁えておられ、上役からの理不尽な扱いや謗りを受けても穏やかに笑っておられるような、そんなお方でございやした』
源太さまのことを訊かれると、ともに過ごした日々を思い出し嬉しくてつい語ってしまうんですが、どうしても涙が浮かんでくるんです。
高橋さまはそんなわしの様子と情報から、源太さまという人物を形取っていこうとなさっているようでした。
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