福永村へやっとの思いで着いたのは、真夜中のことでした。
会津軍の宿所は篝火を焚いていたのですぐに見つかりやした。
篝火の明かりを目指して番兵の前に姿を現すと、槍の穂先を向けられ何者かと厳しく問われやした。
『わしは会津藩伊与田玄武士中隊士、津川瀬兵衛さまに仕える者でごぜえやす。主人の用事でまいりやした。朱雀士中四番隊の高橋金吾さまがおられやしたら、どうかお取り次ぎをお願いしやす!』
そう言って頼み込むと、最初は胡散臭いとあしらわれやしたが、それでも食い下がると番兵は渋々折れてくれやした。
わしが会津軍の侍で他に知ってるお方といったら、もうこの人しかおりやせんでした。
しかし向こうはわしのことなぞ覚えちゃおらんだろうし、今日の戦闘でおふたりのように討ち死にされたかもしれやせんでした。
もし生き延びていたとしても、得体の知れないわしなんぞに会ってくれるかどうかさえ怪しいもんでした。
不安を抱きながら待っていると、だいぶ待たされたあとで、高橋金吾さまが疲れた顔をしながらも現れてくれやした。思わず安堵で頬が緩んだほどです。
『……お前は、たしか』
『あっ、覚えてていだだけやしたか!へえ、確かにわしは十五日の夜にお目にかかりやした。津川瀬兵衛さまに従っておりやした、九八と申しやす!』
高橋さまはしばらく怪訝な顔でわしをジロジロ眺めたあと、ため息をついて『あちらで話そう』と促しやした。それでわしらは篝火から離れた建物の陰まで移動しやした。
かろうじて篝火の明かりが届くところで高橋さまはさっさと済ませたいとばかりに不機嫌に促しやした。
『それで九八とやら。お前は、何用で参った』
『へえ……お休みのところ、突然押しかけて申し訳ごぜえやせん』
ひとことお詫びを入れてから、今日の戦闘から話しやした。
止むことがない敵の射撃を打開しようと脇から急襲し、高橋さま属する朱雀士中四番隊の助けも得て敵を退かせられたのは、ご存知のとおりでございやす。
ですがそのあと、さらに追撃しようと後を追った津川さまをお庇いになり、源太さまは十字砲火を浴びてお斃れになられやした。
源太さまの埋葬をわしに託し、戦いに戻られた津川さまも同じくお討ち死にいたしやした。
おふたりのご遺体を運び、どうにか埋葬は済ませることができやしたが、行く当てがなく、唯一お目にかかったことのある高橋さまにおすがりするしかねぇと訪ねてまいった次第でごぜえやす。
話している途中、おふたりの最期を思い出して涙を禁じ得やせんでした。嗚咽を堪えながらようよう話し終えると、高橋さまは静かにおっしゃいやした。
『源太が撃たれたところは俺も見た。あれでは助かるまいとも思っていた。だが…そうか。津川さままでもお討ち死になされたとは……』
津川さまの訃報を耳にして、不機嫌だった高橋さまの表情がにわかに曇りやした。しばらく沈黙が続き、わしのすすり泣く声だけが暗闇に吸い込まれてゆくようでした。
『それでお前は何とする。里へ帰るか』
わしが泣き止むのを見計らって高橋さまが訊ねやした。
それに対して、わしは手のひらで涙を乱暴にぬぐい、反発するように首を振りやした。
『いいや、里には帰らねぇ!わしは津川さまと源太さまに託されたことがございやす』
『ほう、託されたこととは何じゃ』
『おふたりの最期と遺髪を、お城で待つご家族にお伝えすることです。できればすぐにでもお届けにあがりてぇんですが、いかんせんひとりでお城へ向かうのは心許ごぜえやせん』
『さようであろうな。今や城は敵の大軍に完全に包囲されておる。お前なぞ入城する前に捕まり、なぶり殺されるのが落ちじゃ』
頷きながらあっさりそんなことを言われ、背筋がゾッとするも、ブンブンと首を振って腹に力を入れると高橋さまにお頼みしやした。
『ひとりで向かえばそうなりやしょう。ですが、高橋さまの隊に付き従わせていただけやしたら、いずれお城へ戻ることもあろうかと思いやす。ですからそれまで、どうかわしを従僕として置いていただけやせんでしょうか』
ズッと鼻をすすりながら手を合わせて懇願すると、高橋さまはしばらく宙を睨み考えておりやしたが、
『悪いが俺の一存で決めることはできぬ。明日上役に相談してみるからそれまで待て』
『……!本当ですか?ありがとうごぜえやす!』
『とりあえず今晩はもう遅い。どこか空いてるところで休め。明日また話そう』
『へえ!』
高橋さまは意外にもあっさり請け負ってくださると、ご自身の休息所へ戻られやした。とりあえず身の置き所を得た思いでホッとして、建物の壁に寄りかかって腰を下ろしやした。
懐を探り、巾着と遺髪を包んだ手拭いを取り出すと、それを広げておふたりに話しかけるようにつぶやきやした。
『源太さま、津川さま。どうにか高橋さまについて行けそうです。いつになるか分かりやせんが、必ず。お城にいるさよりお嬢さまにお渡しいたしやす。どうか見守ってくだせえ』
報告を済ませると、安心したせいか今日一日の疲れがどっと出て、わしはそのまま壁を背に横になり、泥のように眠りやした。
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