この空を羽ばたく鳥のように。




津川さまのご遺体を背負いながら、夕闇の中を急いでおりやした。
男達が隠れて埋めるのにいい寺があると教えてくれたんです。

それは村のはずれにある、小さな末寺(まつじ)でした。



『ここは普段から住職がいねえ寺だ。用がある時だけ近くの寺の住職が出張(でば)って来るくらいよ。(はし)っこに埋めても誰も気にも留めねぇだろう』


『こりゃあ ありがてぇ!』



明かりを持つと誰かに見咎められるかもしれねぇと、日が落ちて暗闇が迫るなかで男達は墓地の(はし)に穴を掘り始めやした。

わしは津川さまの(まげ)を落とすと、男達にあとを任せて、源太さまをお迎えに隠した場所まで戻りやした。
源太さまのご遺体が敵に見つかってないかと気が気じゃなかったんです。

あわてて戻りやしたが、幸い源太さまは誰にも見つからなかったようで、わしが離れた時のまんまでした。



『源太さま……』



ホッと安堵して、源太さまのお身体に触れると、すっかり冷たくなっておりやした。お顔も暗がりの中でいやに白く見えやした。


もしかしたら また目を覚ましてくれるんじゃねえか。
息を吹き返して、わしを待っててくれるんじゃねえか。


心の(すみ)にあった期待は、(むな)しく打ち砕かれやした。

そんな思いを鼻で笑い飛ばして、源太さまの髷も落とすと、愛刀を無くさないよう下緒で肩から下げ、源太さまご自身も担いで急いで寺へ向かいやした。源太さまのお身体は固くなっているせいか、さっきより倍も重くなったように感じやした。



(誰にも会うなよ。敵ならなおさらだぞ)



そう念じながら警戒して進んだせいか、やけに時間がかかったように思いやす。
それでも天に見放されず、月の明るい夜でも敵に遭遇することなく寺に着くことができやした。

月が地上を照らすなか、男達が穴をふたつ掘って待っていてくれやした。津川さまはすでに穴の中に寝かせられておりやす。
そこに源太さまを並べて寝かせやした。親父さまから与えられたという、大切にされていた大刀も添えやした。



(源太さま、津川さま、おさらばです。どうか安らかに眠ってくだせえ)



おふたりの死に顔を目に焼き付けるように見つめてから土をかけやした。そうして誰に咎められることもなく、無事におふたりを埋葬することができたんです。

目印に赤子の頭くらいの石をふたつ置いて、すべてが終わると安心して身体から力が抜けやした。疲れもあって地面にへたりこむと嗚咽が漏れやした。





(源太さま……源太さま!)





わしを導いてくれた人。こんなわしに生きろと言ってくれた人。いつしかその人柄と優しさに惹かれ、強く憧れておりやした。

源太さまも侍と()えども、けして恵まれた地位ではありやせんでした。実家は貧しくて奉公に出ないと暮らしてゆけず、外に出れば身分が低いため軽輩と上から(さげす)まれ、屈辱も多く受けたに違いなかったんです。

それでも境遇を(なげ)いて道を(はず)したわしとは違い、自身の(ぶん)(わきま)え、性根が腐らなかったのは、奉公先が恵まれていたからだと思いやす。
津川家の皆さまは本当に心優しい方がたばかりでしたから。


そんな源太さまの一筋の希望は、さよりお嬢さま。
さよりお嬢さまへの想いだけが、ただひとつ(ぶん)を過ぎた望みでした。



(だから何だ…!源太さまは罰だとおっしゃっていたが、そんなささやかな望みさえ、神さまは許しちゃくれねぇのか!)



源太さまはけして見返りなんぞ求めちゃいねえ。
惚れた相手を手に入れてえとも思わず、ただそばで見守り、さよりお嬢さまの幸せを願っていただけだ。



そんなわずかな望みでさえ、世の中は許しちゃくれねぇのか……!





源太さまの不遇を思い、そしてわし自身の()(どころ)を失い、穴が空いた心に悲しみと孤独が襲ってきて慟哭(どうこく)を抑えられやせんでした。


しばらく泣いておりやしたが、手伝ってくれた男達がいたことに気づき、悪いと思いながら涙を拭って待ってくれていたふたりに声をかけやした。



『待たせちまってすまねぇな……。手伝ってくれて助かった。ほら、約束の金と刀だ』



財布から取り出した二十両と刀を差し出すと、男達はためらいながら受け取りやした。男のひとりが気がかりそうに言いやした。



『お(めぇ)はこれからどうすんだ』

『わしはこれから城へ向かう』

『城へ?』




男達は驚きやした。



『ああ。城におふたりの家族がおられるんじゃ。お会いして形見を渡さねばならん』


『じゃが城のまわりは新政府軍が包囲しとるぞ。とてもお前ひとりで入城できるとは思えねぇ』


『それでもやる。源太さまの最期の頼みじゃ』



決意の込めた眼差しを城の方角へ向ける。総攻撃は落ち着いたのか、月明かりに照らされた城の上空に、もう火の玉は飛んでいなかった。

男達は顔を見合わせて頷いたあと教えてくれやした。



『ならば城ではなく大川(阿賀川)を渡った先の福永村までゆけ。敗走した会津軍がそこへ向かっていると耳にした。会津軍に従っていれば、いつかは城へ戻る時もあるじゃろう。そこに紛れたらどうじゃ。ひとりで城へ向かうより、そのほうがより安全に入城できると思うが』


『そうか……ありがとな』



正直 悩みやした。できれば今すぐにでも城へ向かいたい。
けんどひとりであの敵の包囲網を突破して入城できるかと言われると不安でもありやした。



(これをさよりお嬢さまに渡さねぇ限り、死んでも死にきれねぇ)



首から下げた巾着をギュッと握りしめるわしに向けて、男が刀を突き出してきやした。



『刀は持っていけ。丸腰では心許ないじゃろ。この金も少しは使わせてもらうが、残りは戦が落ち着いたら埋葬したふたりの供養に使わせてもらう』


『……!本当か?』


『ああ。お前の忠義心には感心した。わしらとて会津さまに多少恩義がある』


『ありがてぇ……恩に着るぜ!』



心からのお礼を言い、刀を受け取り腰に差すと、真心が伝わった感謝を噛みしめながら男達と別れやした。

そして思案したあげく、わしは会津軍が屯営していると耳にした福永村へ向かうことにしたんです。










末寺(まつじ)……本山•本寺の支配下にある寺院。
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