それでも少しでも源太さまが安らかに眠れる場所をと、敵兵に出くわさないよう耳を澄まして周囲を警戒しながら、民家に近づいて穴を掘るための道具と人手を探しつつ、さまよい続けやした。
寺も民家も、住人はすべて逃げ出していて無人のまま。
だからこそ鍬などを拝借できた訳ですが、埋葬するのに雇う者さえつかまらない始末。
気がつけば陽も傾き、辺りは夕焼けに染まっておりやした。
いつの間にか大砲や小銃の音も鎮まっておりやす。
(今日の戦は終わったんじゃろうか……)
そう思うと、急に津川さまのことが気になりやした。
それで一ノ堰村まで戻ってみると、ようやく村の様子を見に来た男ふたりを見つけたんです。
『……おい!金を出すから手を貸してくんねぇか⁉︎ 』
いきなり声をかけられた男達は、わしの姿を見て眉をひそめながら用心のために持っていた棒を構えやしたが、わしは懐から財布を見せて言い募りやした。
『そら、ここに二十両ある!手伝ってくれんなら全部くれてやってもいい!どうしても埋葬したいお方がいるんじゃ!』
わしの必死な様子と財布を見て、男達は疑い深い顔をしながらも互いを目配せしてから頷きやした。
『いいだろう。困ってるようだから手伝ってやる』
『ありがてえ!』
男のひとりが言うのにホッとして、まずは津川さまを探しに男達を引き連れて、戦場だったところまで戻りやした。
そして辺りを探し歩いて、少し離れた場所で見つけたんです。
津川さまの変わり果てたお姿を。
『津川さま……‼︎ 』
源太さまの槍を手にしたまま、うつ伏せで息絶えた津川さまのそばでヘナヘナと崩れ落ち、呆然としやした。
こうなる覚悟はしておりやしたが、いざ目の前に突きつけられると虚しさと悲しみが全身を覆い、涙を堪えることができやせんでした。
(津川さまは源太さまの後を追って、ご自身の責務を全うされた。今度はわしの番じゃ)
あらためて自分の責務を果たすと心に決めて、津川さまを運ぼうと後ろにいた男達に声をかけたんです。
『このお方を運ぶんじゃ。グズグズしてたら日が暮れ……』
振り向こうとした途端、頭を激痛が襲いやした。
『……っ⁉︎ 』
訳も分からず衝撃を受けて津川さまの上に突っ伏したんです。
気が朦朧とする中で津川さまの冷たくなった身体を感じながら、男達が持っていた棒で頭を殴ったんだと分かりやした。
背後から嘲笑う声が聞こえ、
『馬鹿め、百姓が刀持ってサムライ気取りやがって。死体なんぞ埋めても埋めなくても同じことじゃ。野良犬にでも食わせときゃいい』
『まったくじゃ。わしらの村で戦なんぞやりおって!おかげで何もかんもメチャクチャじゃ!
おい、今のうちにこいつの懐の財布をいただいちまおう。それと腰に差してる刀もな。それは高く売れるぜ』
(……こいつら、最初からそのつもりで……!)
男のひとりが仰向けにしようと、ぐったりしたわしの上体を持ち上げた時、わしの両手は無意識に腰の刀に伸びておりやした。
『……そりゃ!』
身体を仰向けに倒された瞬間、手に力を込め刀を抜いたんです。
刀身が短いおかげで、うまく刀が抜けたことが幸いでした。源太さまが昨日油を引いてくださったから、滑りがよかったんでしょう。
仰向けになりながらもその切っ先を男達に向けると、気を失っているとばかり思っていたのか、男達の表情は驚きに満ちていやした。
『おっ…お前……!』
『動くんじゃねえ。こんなことで気ぃ失ってたまるか』
油断なく刃先を男のひとりに向けながら、ゆっくり起き上がると身構えて男達を睨みつけやした。
頭がひどく痛みやしたが構ってられやせん。
こちらが弱っている姿なぞ意地でも見せられるか。
『手を貸すと見せかけて金を盗もうとするなんてな……。わしも盗賊まがいのことをしてきた身じゃから、お前達の所業を責めるつもりはねぇよ。
けどな、わしはあるお侍に真心で諭されて、心をあらためた。
今日、そのお方が戦いで討ち死にされたんじゃ。こちらも縁あるお方じゃ。ふたりには恩がある』
自分で言って、気づきやした。
源太さまと出会ってから、今までともに過ごした日々を思い出したんです。
(武力で脅しても人は動いちゃくれねえ。本当に人を動かしたいんなら、源太さまのように真心をもって接しなきゃダメだ)
『………』
イチかバチか覚悟を決めて、構えを解くと刀を鞘に納めやした。
そして腰から鞘ごと抜くと、目の前に置いて土下座したんです。男達が息を呑んで固まる様子が分かりやした。
『頼む……!わしはどうしてもこの方がたを弔ってやりたい!
そのためなら何でもする!埋葬が済んだら、この刀も財布の中身も全部お前達にやる!じゃから……どうか手を貸してくれ!』
『………!』
顔をあげて様子を見ると、目が合った男達は動揺し、互いの顔をチラチラと窺っておりやした。男のひとりがためらうように言いやした。
『じ、じゃが、会津侍の埋葬は罷りならんと新政府からお達しが出とる。見つかったらタダじゃすまんぞ』
『そうかもしんねぇ!じゃがそこを曲げて頼むんじゃ!もし新政府に咎められたら、わしに脅されたと言えばいい!罰はわしがすべて受ける!』
『………』
『後生だ!頼む‼︎ 』
困惑顔のふたりがヒソヒソと相談する声が聞こえ、そのあと片方の男がため息をついて諦めたように言いやした。
『分かった。お前の勝ちじゃ。埋葬を手伝おう』
『今度こそ本当だな』
『ああ、本当だ。その代わり埋葬が終わったら、刀と金はいただくぜ』
『分かった。それでいい』
頷いて目の前の刀を手に取ると、立ち上がって再び腰に差しやした。
本当は源太さまに、預かったつもりで大切にしろと言われた刀。
(すまねぇ、源太さま)
こいつらが本当に信用できるかは分からんかった。
けんどそれでいい。おふたりを埋葬できるなら。
刀だって、金だって、何だってくれてやる。
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