この空を羽ばたく鳥のように。




源太さまの死に顔は穏やかでした。
主人(あるじ)である津川さまをお守りして死んでゆけたのですから、きっとこれが源太さまのいう「意味のある死」だったのでしょう。



『源太……!許せよ……!』



津川さまも涙を流しながら、口惜しそうに膝に置いた拳を握りしめておられやした。

敵を退けるため駆けていった兵達の争う声がだんだんと近づいてまいりやす。敵の軍勢が盛り返し、味方がじりじり押されているのかもしれやせんでした。

わしは乱暴に涙をぬぐい、血で汚れた源太さまのお顔を手拭いで清めると、首に下げられていた巾着を取り外して自分の首にかけやした。



(これをさよりお嬢さまに渡さなきゃなんねえ!)



再びここも戦場になる。その前に離れないと。
けんど源太さまをこのまま置いてゆくことなんぞできやせん。

同じお気持ちでしたのでしょう、津川さまがわしにおっしゃいやした。



『九八。源太の首を打て』

『へ…っ⁉︎ 』



津川さまの冷徹なお言葉に、戦慄のあまり全身が粟立ちやした。

まさか、そんなこと。



『源太を運ぶのは難儀じゃろう。かと言って、ここにこのまま置いてゆけば(むくろ)といえどもどんな辱めを受けるか分からぬ。せめて首だけでも弔ってやりたいのじゃ』



この戦争では戦国さながらに、死んだ者の首を取ることが常であるようでした。わしも討ち取った敵の首を二個も三個も槍にぶら下げて誇らしげにしているお侍を見かけたことがありやした。

首を取られるのは身分が高い方がたばかりだと思っておりやしたが……。



『でっ、できやせん!できるはずがございやせん!首と胴を切り離すだなんて、そんな(むご)いこと……!』


『ならばわしが落とすぞ』



そうおっしゃってご自身の刀に手をかけたので、あわてて源太さまを抱き寄せやした。



『いっ、いいえ!とんでもごぜえやせん‼︎ 』



もしかして気ぃ失ってるだけで、また目を覚ますかもしんねぇ!
けんど首を落としてしまったらその希望さえ断たれてしまう!



『源太さまはわしが必ず埋葬いたしやす!指一本だって残してなんぞいきやせん‼︎ 』



庇うように抱きしめて涙ながらに訴えると、津川さまは刀から手を離しておっしゃいやした。



『ならば連れてゆけ。日暮れまでどこかに隠れていよ。夜になれば戦闘は終わろう。夜陰にまぎれて源太を(ねんご)ろに弔ってほしい』



そうしてご自分の懐の財布を出されると、そっくりそのままわしに投げて寄こしてきやした。ズシリと重い感触にエッと驚きやした。



『中に二十両ある。それを使え。いくらかはたいて近くの村の者に埋葬を手伝ってもらうといい。残りはお前の賃金だ』


『にに、二十両も⁉︎ つ……津川さまは、どうなさるんで?』



不安に駆られて訊ねると、津川さまは口の端を歪めて笑いやした。



『わしはここを死守するのみじゃ』



そうおっしゃり、源太さまの槍を手にして立ち上がりやした。



『源太をひとりで逝かせるわけには参らぬからの』



(……死なれる気だ!) そう気づいてあわててお止めしやした。



『源太さまは今際(いまわ)(きわ)に、“お命を大切に”と申されたじゃねえですか!それなのに……!津川さまが死んだら、源太さまがお守りした意味がなくなっちまうじゃねえですか!』


『さようなことはない』



きっぱりおっしゃって、津川さまは源太さまの死に顔を見下ろしやした。その眼差しは今まで尽くしてくれたことを(ねぎら)うような優しいものでした。



『源太は己の責務を果たしたのじゃ。ならば主人であるわしも武士としての責務を果たさねばならぬ。そうでなければ源太の真心に報いることはできぬ』


『ですが……ご家族の方がたは……』


『あれらも武家の女子じゃ。主人を失っても、誇り高く生きてくれると信じておる。何も案じることはない』


『で、でしたら……わしもお供いたしやす』



源太さまには、“自分が死んだあとまで旦那さまに仕えずともよい” と言われやしたが、津川さまを放っておくことなど、とてもできやせんでした。

ですが津川さまは厳しい声でおっしゃいやした。



『ならぬ。九八、お前にも果たさねばならぬ責務があるはずじゃ』



(あっ!) と思い、今しがた首にかけた巾着を握りしめやした。



『そうじゃ。それを源太より託されたのであろう。お前はまだ生きねばならぬ』





―――― “本当の勇気とは、生きるべき時に生き、死すべき時に死ぬこと”。





以前聞かされた源太さまの言葉を思い出しやした。

それが今のわしと津川さまに当てはまるのか、それが本当に正しい答えなのかはちっとも分かりやせんでした。

ですが漠然と、ああ こういう事なんだなと、ようやく心が定まったのです。



『承知しやした。源太さまは、わしが責任持って丁重に(とむら)わせていただきやす。ご家族の皆さまのことも、わしの力が及ぶ限り尽くさせてもらいやす』



源太さまの両腕を取り、背中にまわして自分の背に背負いやした。ズシッとした重みに耐えて立ち上がると、津川さまも強く頷かれやした。



『うむ。九八、頼んだぞ』

『へえ!津川さまもお気をつけて……!』



津川さまは笑うと、走って戦いの場に赴かれやした。
それがわしの見た生前最後の津川さまのお姿でした。



津川さまと別れたあと、わしも源太さまを背負いながら反対の方向へ進みやした。

源太さまのお身体は、とても重く感じられやした。

それでも何とか戦場からだいぶ離れた藪の中に源太さまのご遺体を隠しやした。念のため刀で近くの草を刈って、源太さまの上に被せやした。



(どうか敵に見つからねえでくだせえよ……)



そう祈りながら見えないように覆い隠すと、わしは埋葬する場所を探しに出やした。

できればどこぞの寺にでも埋めてやりてえ。けんど一ノ堰を取られたら、寺になんぞ夜でもなれば敵兵が宿陣するに決まってら。そんなところにうかうか埋めていられるか。


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