源太さまが、ふと何かに気づいて立ち上がりやした。
わしもあわてて立ち上がり源太さまの視線の先を追うと、そこには民家から出てきた高橋金吾さまが立っておられやした。
『もうお戻りになられるのでございますか』
ふたりで頭を下げてから、源太さまがそうお声をかけやしたが、なぜか高橋さまは何も応えず、まるで値踏みするような目つきで源太さまを上から下まで眺めておられやした。
わしにはまったく意味が分かりやせんでしたが、その蔑むような視線が気になりやした。先ほどの津川さまといい、このお方といい、やっぱり源太さま以外の侍は好かんと思いやした。
けんど源太さまは何かしら感じ取ったのか、静かに見つめ返すだけでした。
つかの間 沈黙が流れたあと、高橋さまが口を開きやした。
『先ほど津川さまから伺った。お前達が祖母の弔いをしてくれたそうだな。礼を申す』
『とんでもないことでございます。お刀自さまのことは残念でございました。私の力不足でございます。申し訳ございませぬ』
『いや、家族のためによく尽くしてくれたと聞いている。感謝しておるぞ』
感謝しているという割にはそんな顔してねぇな、とわしは心の中で毒づきやした。
それに気づきもせず、絶え間なく続く砲撃の音に城へ視線を巡らせると高橋さまは表情を曇らせやした。
『夜になっても攻撃の手を緩めぬとは、西軍はどれだけの弾薬を保有しておるのか。お労しや、城内におられる宰相さまや若君さまは、さぞやご憔悴なされておいでだろう。
さよりどのもご無事だといいがの……お前達も心配であろう』
ちらりと横目で源太さまを見遣り、そう訊ねやしたが、源太さまは落ち着いて首を横に振り、お答えになられやした。
『信じております。あの方はきっと生き抜いてくださると』
高橋さまは一瞬 目を瞠りやしたが、『そうか』と、それですべて得心がいったかのようにつぶやいて、うっすら笑みを浮かべやした。
『いや……寒い中、外で待たせて悪かった。用事が済んだので私は隊へ戻る。お前達の分の酒は残しておいたから、津川さまのお許しを得てから飲むがよい』
『えっ、本当でございやすか⁉︎ そりゃ嬉しいや!』
(この人以外といい人だな!)
酒が飲めると聞いて気持ちが明るくなったわしとは違い、源太さまは高橋さまに何か問いたげな視線を送っておりやした。
しかしそれを無視し、高橋さまはおっしゃいやした。
『源太よ、津川さまを大事にいたせ。ではまた戦場でな』
『高橋さまも……どうかお身体をお厭いください』
源太さまのお言葉に高橋さまは笑みを浮かべたままうなずかれ、ご自分の隊へ戻られていきやした。
民家に戻ると、すでに津川さまは横になられておいででした。
酒を飲む許しを乞うと、『勝手にせよ』とのつれないお言葉。
それでも久しぶりの酒が飲めるということで、気分が上がっていやしたので気にせずさっそくいただきやした。
『ああ〜!やっぱ酒はうめぇ!ほら、源太さまも!』
『私は少しでいい。九八が飲め』
『へへ、そうですかぁ?じゃあ遠慮なく!』
気持ち良く酒を飲みながら、高橋さまがえつ子さまの御子息であることと「喜代美さま」の兄上さまであること、そして所属する朱雀士中四番隊が会津の誇る最強部隊だということを源太さまから伺いやした。
酒のおかげで身体も心も温まり、その晩は久しぶりにぐっすり眠れたんです。
翌日は戦闘もなく、急襲に備えつつ、見張りを交代しながら過ごしやした。
源太さまは変わらず津川さまのお世話をされておりやしたが、おふたりのあいだはどこかぎこちなく、津川さまは心を閉ざしたように必要以上に源太さまを近づけることはありやせんでした。
しかたなく源太さまは、食事のお世話以外は津川さまのおそばを離れ、民家の軒先で刀や槍の手入れをしながら時を過ごしておりやした。
そのお背中がとても寂しそうに見えて、申し訳なさに気分が沈みやした。
源太さまは気にするなと申しやしたが、やっぱりわしが言ったせいだと思いやした。
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