九八は話を続けた。
――――だからこそああ言っちまったんですが、無責任な言葉で津川さまとの関係を悪くしてしまったことを申し訳なく感じておりやすと、源太さまは火の玉飛び交うお城を見つめながら、突然こんなことを訊ねてこられたんです。
『九八、お前は死ぬのが怖いか』
『えっ⁉︎ こっっ……!ここ怖くなんかごぜぇやせん‼︎ 』
本心はどうであれ、反射的につい虚勢を張ってしまいやした。
すると源太さまは笑いながらおっしゃったんです。
『そうか、勇ましいな。だが私は死ぬのが怖い』
『えっ……』
驚きやした。まさか源太さまに限ってそんなこと。
いやそれより、お侍がそんなこと言っていいのかと耳を疑いやした。
死ぬのが怖い。―――なんて臆病者が言うことじゃねえですか。
あまりの発言に目を剥いてると、それをおかしそうなまなざしで受け止めて源太さまはおっしゃいやした。
『死ぬこと自体は怖くないのだ。だが武士は何よりも“名誉ある死”を望む。何かを為すために人は生まれてくるのだとしたら、無意味に死ぬことほど怖いものはない。
己の命と引き換えにする価値があるからこそ、人は笑って死ねるのだと私は思う』
『……??? 価値とか名誉とか、わしにはよう分かりやせんが、生まれてくりゃあ、いつか死ぬのは当たり前のことでねぇですか。それが世の理ってもんでしょう?
わしらは死ぬその日まで、食っていくために働くだけです』
『ほう』
源太さまは興味深そうにこちらを見やした。
わしは無知ゆえの言葉だったことが急に恥ずかしく思えて、
『あっ…いや、わしはまったく学がねぇんで、お武家さまの高いお志はよう分かりやせん。百姓はとにかく食っていくだけで精一杯ですから。
けんどそんな暮らしがまっぴらで、戦に乗じて侍気取りで志願しやしたが、戦争で死んでゆく者を目の当たりにすると、自分もこんなふうにおっ死んじまうより、村で百姓として死んだほうがマシだったんだなと思うようになりやした』
『そうか。九八はそう考えるか』
源太さまは馬鹿にすることもなく、優しく笑われやした。
『生まれたら死ぬのは当たり前のことか。なるほど、九八の申す通りだ。そこに意味を見出そうとするのは、あるいは愚かなことなのかもしれぬ。
答えはいたって簡単なのかもしれないな。私も九八も大きな営みの中の小さな存在に過ぎん。命ある時を精一杯に生き、あるがままをただ受け入れるだけでよいのだ』
『はあ……』
わしには源太さまの話が難しすぎてよう分かりやせんでしたが、源太さまはひとり納得したようで、夜空を見上げて感慨に耽っておいででした。
今までもおりにふれて、源太さまとお話することは何度かありやした。けんどいつも百姓の暮らしやわしらから見る世の情勢を訊ねてこられるだけで、こんなふうに源太さまがご自身の心の内深くを語られるのは初めてのことでした。
漠然とした不安を感じ、戸惑いを隠せないで押し黙っておりやすと、笑みを消した源太さまが不意におっしゃいやした。
『九八。お前に頼みがある』
『へっ、へえ?』
『私が死んだら、これをさよりお嬢さまに渡してくれぬか』
『へ……っ』
死んだらなんて話をされて、さらに動揺するわしに、源太さまはご自分の首にさげておられた薄茶けた巾着袋を懐から引っ張り出して見せてくださいやした。
『こりゃ何ですか?御守り?』
『そうだな。とても大事なものだ』
『そんなに大事なもんなら、無事に戻って直接お嬢さまにお渡ししてくだせぇよ!縁起でもない!』
『もちろん帰参できたら自分で渡すさ。万が一の時だ』
先ほどからの不安がさらに高まりやした。
わしがうなずいたら、源太さまはあっさり命を捨ててしまうんじゃねえか―――そう思ったんです。
『万が一の時だけですよ⁉︎ それ以外は受けつけやせん!』
『わかった、わかった』
鼻息荒く念を押すと、源太さまは笑いながら頷いてくださいやした。
けんどお顔から笑みを消すと、
『だがその万が一がもし起こったなら。九八、お前はこの巾着を持って戦線を離脱しろ』
『えっ』
『私が討死したら、もう戦に関わらなくてよい。すぐにここから立ち去り、さよりお嬢さまにこの巾着を渡してほしい。そのあとは村に帰って百姓として生きるのだ』
驚愕して、言葉を失いやした。
『つ……津川さまのことはどうなさるんで……?』
『お前は旦那さまに仕えている訳ではない。私が死んだあとまで旦那さまのことを頼むのは心苦しい』
『そんなこと……!』
『よいのだ。旦那さまとて、誇りある武士だ。死に際は心得ておられよう』
だから案ずることはない、とおっしゃる源太さまに、わしは危ぶまれてならず、思わず食いつきやした。
『源太さま!さっきから思ってやしたが、もしや先ほどのことでヤケになって死のうとなされてんじゃねぇですろうね⁉︎ 』
問い詰めると、今度は源太さまのほうが『まさか』と驚いて、
『そうではない。これから先の戦いはますます厳しくなるであろうし、前触れもなく命を落とすかも分からない。そうなる前に、お前に話しておきたいと思ったのだ』
『そんなことありゃしやせんよ!今日だって敵無しの戦いぶりじゃなかったですか!』
『それがいつまで通用するか分からぬから申しておるのだ。
よいな、私が死んだらお前は戦から離れるのだ。勘吾と助四郎も待っていよう。私はお前達に生き抜いてもらいたいのだ』
『源太さま……!』
源太さまが見せた笑顔の中に浮かぶのは、武士としての逃れられないしがらみと、為さねばならぬ責務への誇り。
そんなことにはならない。きっとならない。
そう思いながらも、お武家さまの背負っているものの重さを感じて、わしは拳を握りしめてうつむくしかできやせんでした。
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