この空を羽ばたく鳥のように。





おさきちゃんは悲しい笑みを浮かべて言った。



「あのね……あの爆発の時……源吾どのね、即死だった訳じゃないの。爆発後はまだ息があったのよ……」



彼女の瞳はあの日亡くなった坂井さまを映していた。

初めて聞くことで驚いた。私が見た時にはもうお亡くなりになっていたから、あの凄まじい爆発で即死したのだと勝手に思い込んでいた。
おさきちゃんが語って聞かせた話に、私もあの時のことを思い起こす。





ーーーー「爆発するぞ‼︎ すぐにここから離れろ‼︎」



そう叫ぶと、砲弾が爆発するまでのあいだ、おさきちゃんの手をつかんで少しでも遠くへ逃れようと坂井さまは走った。


けれど間に合わないと判断したのか、おさきちゃんを壁に寄せると坂井さまはその上に覆い被さった。
おさきちゃんは坂井さまの胸の中で爆発音を聞いた。



「……さき(あね)……!無事か……⁉︎ 」



強い衝撃が過ぎ去ったあと、坂井さまに呼びかけられて恐る恐る目を開ける。そこでおさきちゃんが見たものは。

頭から流れた血が頬を伝い、痛みに歪む坂井さまのお顔だった。

彼に触れているところから生温(なまぬる)いものが流れ伝ってくる。驚愕と恐怖で全身が震えた。
涙があふれて止まらないおさきちゃんを安心させようと、歪んだ顔を微笑(ほほえ)ませ、彼女の涙で濡れた頬を手で優しく拭うと、坂井さまはおっしゃった。



「泣くな、さき姉……俺は平気だ。言っただろ?さき姉はいつも笑っててくれって」



平気でないことは一目瞭然だった。
だからこそ言葉を返せなかったおさきちゃんの目の前で、坂井さまはその言葉と微笑みを残して息を引き取った。





「……あれから私は、源吾どのを失ってしまった悲しさと後悔でずっと泣き続けてた。砲弾に当たって死んでしまえたらいいのにって何度も思ったわ」

「おさきちゃん……」

「でもね、砲弾は雨霰のように降ってくるのに何故か弾に当たらないの。当たって死んで、源吾どのと同じところへ行って謝りたいって願うのに。

……結局 総攻撃も収まってきて、砲撃も散漫になって。
初めて気づいたの。ああ神様は、私が源吾どののもとへゆくことを許してくださらないのだわ……って」



自嘲するおさきちゃんの気持ちが痛いほど分かる。
語られた話が優子さんの話と重なる。


私達は、見えない大きな力で守られている。
それは神仏の御加護なのかもしれないし、誰かの強い思いなのかもしれない。
その力に、何度も…何度も助けられている。

きっとそれは、ずっと以前から。
ただ私達が気づかなかっただけで。



「だからね、せめて源吾どのの申すとおり笑顔でいようって思ったの。彼が望んでくれたことだもの」



そう言って、さらに口角を引き上げる。

今まで坂井さまがおっしゃっていたのは、
「さき姉は怒ってるか笑ってるかのどちらかにしてくれ」だった。

けれど彼が本当に望んでいたのはどちらかじゃない。
おさきちゃんがいつも笑っていること。それだけ。

おさきちゃんは話しているあいだ、ずっと笑みを絶やさなかった。



「今は無理にでも笑っていたいの。そうすればいつか自然に笑えるようになるかもしれない」

「そう……そうね」



私も無理して笑ってみせた。

いつかおさきちゃんが、心から笑える日がくるといい。

そう願わずにはいられない。





また喜代美の言葉を思い出す。



死んでゆく彼らの望みは、自身の無念を晴らすことではない。
国の安泰と、生き残った者達の幸せなのだと。

己が消えたあと、たとえどんなにつらくとも、笑顔を忘れず懸命に生きていってほしいのだと。



(坂井さまも同じなんだ)



喜代美の言っていたことは間違いじゃなかった。





何かの折に触れるたび、喜代美の言葉を思い出す。
彼が教えてくれた言葉の端々(はしばし)が、私の心に宿っている。
今この時だからこそ、あらためて身に沁みる。
ああ、喜代美が伝えたかったのはこういうことなんだと。



ねえ、喜代美。

私が死んでも、けして自分を責めないでね。

私の大好きなあの笑顔をいつまでも絶やさないでいてね。



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