そばについていてくれた皆とひととおり話したあと、ひどく疲れてまぶたを閉じる。そんな私を心配して母上がおっしゃった。
「さあ、話し続けて疲れたでしょう。少し休みなさい」
「はい……。申し訳…ございません」
「では、わたくし達も仕事に戻ることにいたしましょう」
母上の言葉で切り上げるように、みどり姉さまもえつ子さまも座を立つ。優子さんも、私が目覚めたことを他の人に伝えてくると大書院を出て行った。
そばに母上だけが残ると、とたんに静かになる。
視界を閉ざすと自身の内側に意識が向く。身体中の痛みが増幅するような気がする。痛みを紛らわそうと周囲の音に耳を澄ませて、あることに気づいた。
(静かだわ……)
こんなに静かなのは久しぶりな気がする。人々が忙しく立ち働く騒々しさはあるけれど、今までと比べものにならないくらい静か。その違和感に気づいて目を開けた。
大砲の音がしないんだ。小銃の音も、男達の吶喊の声も聞こえない。
「は…母上。今日は何日でございますか……?刻限はどれほどになります……?私…私は、あれからどれだけ眠っていたのでしょうか……?」
私が砲弾に倒れた日は十六日。あの時はまだ総攻撃も止まずひっきりなしに砲弾が飛んできていた。
あれからどうなったんだろう?
あわてて訊ねると、母上は小さくため息を落としてから口を開いた。
「今日は二十日よ。刻限は……そうね、お昼を過ぎたころかしら」
「二十日……?そんなに……」
驚いて呻く私に母上は心配顔でうなずいた。
「ずっと目を覚まさないから、お前はこのまま死ぬのだと皆で覚悟していたのよ」
今日が二十日。ということは丸四日も寝てたことになる。
「母上……砲撃の音がしません。戦は終わったのでしょうか?」
訊ねると、母上はかぶりを振った。
「いいえ……戦はまだ終わっておりませぬ。ですがお前が運ばれた十六日以降はどちらの砲撃も散発になり、今日はとうとうお味方は矢玉止めとなりました。きっと上層部と敵のあいだで、交渉がなされておるのでしょう」
「矢玉止め……交渉……」
それで砲撃が止んだのか。このあいだに戦の終結をどのようにつけるか。それが今、軍事局で協議されているのか。
「さあ、もうよいでしょう。早く休みなさい。起きているだけでも体力を消耗してしまいますよ」
「はい……」
降伏か、それとも最後の一兵まで徹底抗戦を続けるか。
どちらを取るかは西軍の条件次第だろう。
(どっちにしろ、私はもう動けない……)
目が覚めてから、身体中が痛くて痛くてたまらない。
熱もあるようだし、とてもだるい。横になっていても苦痛を感じる。それに全身が心臓になったみたいに身体のあちこちで大きく脈打つのが分かる。
あの白い空間にいた時は痛みなど何も感じなかったのに。
この痛みが良くも悪くも現実を教えてくれる。
私はもうお役に立てないだろう。
疲れて再びまぶたを閉じる。するとありがたいことにすぐ眠りの中に吸い込まれていった。
少し眠っては身体の痛みと熱さに目が覚めたりして、うつらうつらとした時間を過ごしていると、夕刻になってからおさきちゃんとおますちゃんが見舞いに来てくれた。
「おさよちゃん……塩梅はどう?」
ずっと私に付き添ってくれている母上に挨拶をすませたあと、心配そうな顔で覗き込むふたりに、弱いけど精一杯の笑みを向ける。
「来てくれてありがとう……ふたりとも無事でよかった。身体は動かせそうにないけど、今のところ生きてるわ。
おますちゃんはお腹の子は平気……?」
「ええ。総攻撃で驚いたのか、元気に飛び跳ねていたわ。
この子、きっと男の子よ」
多少やつれてはいたが、おますちゃんは突き出たお腹を摩りながら変わらぬ豪快さで笑った。彼女の強さにはいつも助けられる。
「きっとそうね……。元気な子を生んでね……」
私がなりたかった姿。そんな彼女を羨望のまなざしで見つめる。おますちゃんの子を、私は見ることができないかもしれない。
いつ命が尽きるかわからない。
伝えることは、今、伝えなきゃいけない。
そう感じた私はおさきちゃんに声をかけた。
「おさきちゃん……あの時はごめんなさい。あなたにも…坂井さまにもひどいことをしたわ」
おさきちゃんは一瞬泣きそうになったけど、無理に笑顔を作り、かぶりを振った。
「いいえ……謝らなければならないのは私のほう。おさよちゃんが正しかった。私こそごめんなさい……」
「……っ」
おさきちゃんの言葉に涙があふれた。
私が正しかったんじゃない。もっと良い方法がきっとあったはず。けれどそう言ってもらえたことが救いだった。
「坂井さまのご遺体は…落ち着いたら丁重に埋葬したいと思っていたの…それなのにこのざま…きっとバチが当たったのね」
「そんなふうに考えないで。源吾どのは総攻撃が止んだあと、他の人達にも手伝ってもらって何とか埋葬することができたの。だから心配しないで。おさよちゃんは身体を治すことだけ考えて」
自身もつらいはずなのに、私を気遣い優しく言ってくれるおさきちゃんに、ありがたくも申し訳なくて涙が止まらなかった。
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