それから私は母上とみどり姉さま、そしてえつ子さまを順に眺めた。皆、憔悴しきった顔をしている。
それでも私を見つめて笑顔を浮かべてくれた。
「母上……。ご心配おかけしました……」
何度見ただろうか、こんな場面を。
私ばかりがいつも倒れて家族に心配と迷惑をかけている。
「まったくお前という子は……ですが、よかった……」
言葉に詰まり涙ぐむ母上の背を、となりのみどり姉さまが優しく摩る。申し訳ない思いに駆られながら訊ねた。
「私は…もう死んだのだと思いました。ですが…ここに寝かされているということは…どなたか助けてくださったのでしょうか……?」
もしかして早苗さんが助けてくれたのかなと淡く期待してみたが、教えてくれたみどり姉さまの答えは違っていた。
「それはね、さより。瀬山さまとたつ子さまが助けてくださったのよ」
「えっ……?瀬山さまと?たつ子さまがですか?」
「ええ。たまたまお前がいた御台所を通りかかったそうよ。本当に運が良かったわ。おふたりに見つけてもらえなかったら、お前はそのまま死んでいたはずよ」
……早苗さんじゃなかったんだ。
なら早苗さんはあのまま私が死んだと喜んだろうか。
そう思われることに寂しさを感じた。
彼女とはとうとう分かり合えなかった。
「そう……ですか。瀬山さまと、たつ子さまが……」
たつ子さまには、籠城当日の讃岐門でも助けてもらっている。それなのに、このたびも救ってもらったなんて。本当に感謝しかない。
「さよりさん」
反対側に座るえつ子さまが、ずいと膝を進めて厳しい面持ちでおっしゃった。
「あなたが喜代美との約束を果たそうとしていることはよく存じています。ですがわたくし達のために危険をおかしてまで行動するのは愚かなことです。
あなたにもしものことがあったら、わたくしはあの子に顔向けできません」
「えつ子さま……申し訳ございません」
えつ子さまのおっしゃる通りだ。私が愚かだった。
早苗さんとの思わぬ邂逅に驚いて、柔軟な態度で対処できなかった。
あの時は夢中だった。とにかく早苗さんと何らかの決着をつけなければならないと思った。
本当はきちんと話し合った上で理解しあえるとよかったのだけど………。
「他のことをあれこれ考えて気を揉むより、今後は自身の養生につとめることです。よろしいですね」
「はい……」
えつ子さまの戒めの言葉を噛みしめたあと、先ほどから気になっていた優子さんに首を巡らせる。
それだけでまた身体が痛み、それを何とか堪えながら優子さんに声をかけた。
「優子さんよかった、無事だったのね……山浦さまは?」
問いかけると、優子さんも泣きそうな顔で私の横に来て、無理に笑って見せた。
「はい、山浦さまもご無事です。少し離れた場所におりますが、同じ大書院で養生しております」
「そう……よかった」
なるべく動くのはよそうと目だけをキョロキョロ動かす。だいぶ崩れて以前の面影はまったく消え失せていたけど、確かにここは大書院だ。大書院に私は寝かされていたのか。
「わたくし達もどうにか弾に当たらずに済みました。
きっと、姉が助けてくれたのだと思います」
優子さんの言葉に、先ほどの白い空間での出来事を思い出す。
「ですがさよりさんが大ケガを負って運ばれてきた時は、わたくしも驚きのあまり血の気が失せましたわ」
「優子さん……私もね、竹子さまに助けられたの」
「え……?」
優子さんが目を瞠る。私は宙に目を向けながら続けた。
「気を失っているあいだ、私は何もない真っ白な中で立ち尽くしていたの。どこへ行けばいいのか分からない私に、誰かが声をかけてくれた……。姿は見えなかったけど、あれは間違いなく竹子さまの声だったわ」
「姉上の……」
「ええ……そしてその声は現れた白鳥とともに道を示し、私を導いてくださった……」
「白鳥……ですか……?」
優子さんは困惑した表情を浮かべていた。無理もない。
荒唐無稽な話だ。夢を見ていたのだと思われてるに違いない。
でもあれが夢だと思いたくなかった。
「私はね、あの白鳥は土津さまだと思うの……そして忘れかけてた決意を竹子さまが思い出させてくださった。
土津さまと竹子さまが導いてくれなかったら、私は二度と皆の顔を見ることができなかったわ……」
信じてもらえなくてもいい、それでも見たままを伝える。
長く話すと疲れる。まぶたを閉じて考えた。
あれはあの世の世界だったのだろうか。
そこから私は皆の助けを借りて、こちらの世に戻ってくることができたのだろうか。
あらためて竹子さまに感謝しながらも苦笑する。
本当に私は、あの人に敵わない。
「……きっと姉上は、さよりさんにまだ、ご自分のもとへ来てほしくなかったのですわ」
私の話を優子さんはそんなふうに結論づける。まぶたを開け、感慨深い面持ちの彼女にいたずらっぽい笑みを向けた。
「……そうかもしれないわ。でもそれは優子さん、あなたも同じよ。ふふ……私達、竹子さまに拒まれた者同士ね」
優子さんは「まあ」と目を丸くすると、
「ええ……本当に。そのようですね」
そう言って、丸くした目を潤ませながら笑い返した。
私も笑いながら、涙を流していた。
さようなら、竹子さま。またいつか、会えると信じて。
※邂逅……思いがけなく出会うこと。
※荒唐無稽……根拠がなく、現実性のないさま。でたらめ。
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