「うそ……本当に?本当に早苗さんなのね……?」
「………」
早苗さんは私に比べてまだましな姿だった。普段通りのお着物はあまり擦り切れていないし、髪もそんなに乱れていない。
ということは、長命寺戦以後の、お城の出入りがたやすくなってからの入城と思われた。
驚いたのは彼女の風貌は以前のそれと違い、がらりと変わっていたことだ。黒ずんで痩せた顔は険しく、鋭い目で私を睨んでいる。
喜代美と私が夫婦になると知ったあの日からの憎しみを、今も胸に宿し続けているように。
でも私にとってそんなこと瑣末なことだった。
ただ早苗さんが今日まで無事でいてくれたことを喜んだ。
「よかった……早苗さん!無事で本当によかった!」
手を取りたい思いで駆け寄ろうとした。
けれど彼女はお互いの無事を喜ぶどころか、にこりともしない。そして険しい顔のまま、低く訊ねた。
「喜代美さまは何処におられます」
ハッとして足を止める。早苗さんがここに現れた理由が喜代美の安否を知るためだと解ると、それに答えられない私は視線をまごつかせた。
「あ……ええと、それは……」
「何処におられるのですか」
要件だけ答えろと言わんばかりの顔つきに、私は唾を飲み込むと正直に答えた。
「……分からないの。ただ城内には戻っていないはずよ」
だって戻ったなら、私に一番に報せてくるはずだもの。
(そんなこと、とても早苗さんには言えないけど)
喜代美が心配でお城に駆けつけた早苗さんを気落ちさせるかと思ったけど、彼女は驚いたり落胆したりしなかった。
はじめから知っていたように淡々とした口調で言った。
「そうですか。やはりあなたに聞いても無駄でしたわね」
「ごめんなさい……。でも私、早苗さんのことがずっと気懸りだったの。だから無事な姿を見られて安心したわ」
ある程度のトゲを感じるが、それでも安堵の笑顔を浮かべた私を早苗さんは鼻で笑った。
「私は残念でしたわ。あなたが死んでいなくて」
えっ?と、耳を疑った。
そんな私を嘲るかのように口角を歪め、早苗さんは冷たく言い放った。
「弾に当たって死んでくれたらよかったのに。これだけの犠牲者が出ておりますのに、何故あなたは無事ですの?」
「………!」
「本当に残念ですわ……よりによって、一番憎いあなたが生きているなんて」
衝撃で言葉を失う。なんてこと言うんだ、この娘は。
たしかに私は憎まれても仕方のないことをした。
けれどこんな剥き出しの悪意を向けられるなんて。
「たしかに……私は、あなたにひどいことをしたと思う」
早苗さんだけじゃない。私のせいで死なせてしまった人や傷つけた人はたくさんいる。すべて自分の責任だ。
思わず自嘲が漏れた。早苗さんの言葉がその人達の分まで代弁しているように思えた。
「……死ねばいいと思われても文句は言えないわ」
「分かってらっしゃるのなら、早く弾に当たりにいってくださいな。
あなたの死をお伝えして、悲しみに暮れる喜代美さまを、私がお慰めしてさしあげますわ」
早苗さんのこけた頬に妖艶な笑みが浮かびあがる。
それを見て、私の悲しみに沈んだ心に波風が立った。
「いいえ、あなたの望みには応えられない」
早苗さんに対して本当に申し訳ないと思っている。
けれどこんなふうに言われて黙って従えるか。
早苗さんをまっすぐ見据えて、きっぱりと言いきる。
「私は自ら死を選んだりしない」
だって知っているから。私の命は私だけのものじゃない。
私の命はたくさんの人の思いに支えられ、守られ、助けられてきた。
自ら命を絶つことは、与えてくれたその人達の思いを無にするということだ。
そして私は生きて返していかなければならない。
受けた恩も、傷つけたお詫びも。
それに―――――。
「たとえ私が死んでも、あなたに喜代美は渡さない」
「な……!」
早苗さんの顔色がみるみる変わり、怒りのあまりブルブル震えだす。
怯まない。罪悪感もない。
ただまっすぐ前を向き、自分の気持ちを伝えるだけ。
「私は喜代美が好き。あなたに負けないくらい好き」
ああ――――言葉にすると実感する。
今まで揺らいでいた気持ちがはっきり定まる。
いつだって、どんなことが起きたって、
やっぱり私の心の指針が示しているのは喜代美なんだ。
胸に広がる恋心を噛みしめるように目を閉じる。
それからふつふつと沸きあがる静かな怒りとともに、再び早苗さんを見据えた。
「自身の憎しみだけで人の命を軽んじるあなたに喜代美の心が向かうはずない。だからあなたに喜代美は渡さない」
「……っ‼︎ 」
早苗さんの顔が怒りに歪む。冷静さを失い、帯に挟めた懐剣を握りしめると、その袋の紐を力任せに引いた。
「ようおっしゃいましたわ……!」
歯ぎしりしながら不気味に口角を上げる。
帯に挟んだままの懐剣袋から、光るものが姿を現した。
驚きに目を瞠る。まさか………。
「わかりました。そんなに死にたくないとおっしゃるなら致し方ありません。私が導いてさしあげます……!」
早苗さんは両手で握りしめた懐剣の刃を私に向けた。
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