(いや……!考えたくない!)
心に押し寄せる絶望の波を振り払おうとブルブルッと大きく頭を振ったとき、また空から笛のような音をひいて砲弾が落ちてきた。轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れる。
助四郎が悲鳴をあげ、頭を抱えて小さくなる。
また砲撃の向きが変わって近くに落ちてくるようになった。しかもそれは激しく、間断なく落ちてくる。
「うわっ!うわああああぁ‼︎ 」
恐怖のあまり助四郎は耳を塞ぎながら叫んだ。
「助四郎、落ち着いて!心配ない!畳だって厚くしたんだし、勘吾のようにはならない!」
恐慌をきたす助四郎を焦ってなだめるが、彼はブルブル震えながらなおも喚き続けた。
「なんで……!なんでわしらがこんな目に遭わなきゃいかんのじゃ!戦おっぱじめたんは侍だってのに……!
こうなったんは全部侍の……いいや、殿さまのせいじゃ!殿さまが薩長の怨みを買うような真似したから……!」
「助四郎!」
即座に発した、私とみどり姉さまの声が重なる。
助四郎はビクッと怯えて黙った。
「助四郎、いくらなんでもご老公(容保)さまの雑言は許さない」
厳しい口調で咎めると、助四郎は大きく身を乗り出した。
「なぜじゃ……⁉︎ お嬢さまがたが今こんなに苦しんでらっしゃるのも、勘吾兄ぃがおっ死んだのも、もとはといえば殿さまが何とかっていう役職に就いたせいでねえか!
こんな目に遭わされてもまだ殿さまを庇うってのかよ!」
「領地を治める主君がいてくださるからこそ、私達が暮らしてゆけるの。その恩恵を忘れてはバチが当たるわ。
それに、ご老公さまは京都守護職の台命をお受けして以来 たいそうなご苦労をされてこられたの。あんたは京での事を何も知らないからそんなこと言えるのよ」
とたんに助四郎の口調に怒気が孕んだ。
「……そんな苦労、知りたくもねえ!」
「あんたなんて事を……!」
「じゃあお嬢さまは、殿さまが百姓の苦労を分かってるって言えるんですかい⁉︎ 」
鋭い言葉に驚いて口を噤む。
戸惑って言い返せない私に、怒りを隠そうとも、言葉を憚ることもせずに彼は続けた。
「わしら百姓の苦労なんざ分かるはずねぇ……!殿さまは幕府のご命令で京都なんたらって仕事に金を注ぎ込んで、わしらにさらなる重税をかけてきたでねえか!
どんなに汗水垂らして米を作っても、わしらの口に入ることはねえ!生活が苦しくて村人が逃げ出せば、残った者の年貢の負担が増えてどうにもならなくなる!
代官も地方役人も自分可愛さに年貢を出せ出せとそればかりで、誰も助けちゃくれねぇ‼︎
こんな暮らし……あんた達に分かってたまるか‼︎ 」
「それは……」
農民の窮乏を突きつけられ、口ごもる私に助四郎はさらなる言葉を続けた。
「そのうえ勝手に戦を始めて、村に軍資金を出せと言いやがる!男達は兵士や人夫に駆り出されるし、女達は兵士の慰みものとして差し出さなきゃいかん!
収穫時期の作物は踏み荒らされ、家は敵に利用されないために片っ端から焼かれる!
我慢ならねえ……じゃが逆らえば殺されるだけじゃ!
こんな理不尽なことってあるか!侍はわしらをなんだと思ってんだ!」
最後には涙声になりながら助四郎はひと息に言い放った。
確かに私は彼らの暮らしや苦労を知っている訳ではない。身分の垣根に隔てられてそんなこと知らずに生きてきた。
聞かされた農民の実情は衝撃だった。
そんな扱いを受けていたなんて、心から気の毒に思う。
けれど――――武士にも武士の都合がある。
特に戦においては町人や農民に金策や労役を強いるのも、戦術のひとつとして町や村を焼き払うのも、武士にとっては古来から当たり前の事で、罪の意識は低いだろう。
武士が何より大事にしているのは、仕える『お家』。
その繁栄と安泰を第一に考える事こそ生きる意義であり、務めである。
その役目の前には他の事―――それは己自身を含め、例え家族の事でさえもいざとなれば切り捨てる覚悟で臨まなければならない。
「村の者達には申し訳ないとは思うけど、家中の方がたも戦に勝つために必死なの。懸命にご老公さまの名誉と藩の存亡をかけて戦っているのよ」
「そのためなら何をしてもいいってんですかい!弱い立場の者を踏みにじってもいいんですかい!」
武家の立場から諭す私に、助四郎は納得がいかず噛みつかんばかりに責めたてる。
「そうじゃない……!そんなこと言ってるんじゃないわ」
「全部てめえ勝手な言い分だ‼︎ 」
「なによ……!人の事を言えた義理?あんた達だって焼け残った屋敷に侵入して物を盗んだり、亡くなった人達から金品を奪っていたじゃない!」
「 ‼︎ 」
※間断なく……ひと時も途切れることがないさま。絶え間なく続くさま。
※恐慌……おそれあわてること。
※雑言……いろいろの悪口を言うこと。その悪口。
※台命……将軍など貴人の命令。
※言えた義理……そういうことを言うことが許される立場。
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