愛しい人の、声を聞いた。
会いたくて、触れたくて、たまらない人。
今 死んで、この身体から魂が離れたら、きっとあなたを探して飛んでいくわ。
そして見つけたら――――そうしたら。
ぎゅっと抱きしめて、もう離さない――――――。
「……お嬢さま‼︎ さよりお嬢さま⁉︎」
「う……」
「しっかりしてくだせぇ‼︎ 」
激しく揺り起こされて重いまぶたを開ける。
助四郎が倒れている私の顔を心配そうに覗きこんでいた。
彼を見る限り、どこも怪我をしていないようだ。
ホッとして頬が緩んだ。かすれた声がもれる。
「助四郎……よかった、無事だったのね」
「へえ!爆風に煽られて身体は打ちつけやしたが、不思議なことに鉄片はひとつも当たりやせんでした」
私も、打った左肩と背中以外は傷を負っていないようだ。
鈍い痛みは残るが、刺すような熱い痛みは感じられない。
逃げた方向が良かったのだろうか?
……とにかく、運が良かったとしかいいようがなかった。
「お嬢さま、立てやすか?次の砲弾がくる前にここを離れねぇと」
「ええ……そうね」
柘榴弾はまた来る。今のうちに避難しないと。
まだ頭がくらくらするが、素直にうなずいて助四郎の手を借りながら上体を起こす。まわりを見る余裕もないうちに悲痛な叫び声が耳を打ちつけた。
「いや……っ!いやあああっ‼︎ 」
声がしたほうを見て息を呑んだ。ドクッ、ドクン。
心の臓が早鐘のように大きな音を打ち鳴らす。
硝煙でもうもうとする中で視線の先に映ったのは、鉄片を浴びて倒れた人達とともに、壁を背にして血だらけになったおさきちゃんが坂井さまを抱きしめて泣き叫んでいる姿だった。
「源吾どの……源吾どのっ!いやっ……嘘でしょう⁉︎ お願いだから目を開けて‼︎ 」
「……おさきちゃん‼︎ 」
助四郎とともによろけながら駆け寄る。おさきちゃんに力まかせに揺すぶられている坂井さまを見て声を失くした。
爆発で飛散した鉄片が深々と刺さった背中は血で染まり、投げ出された右足は足首から千切れて無くなっていた。
頭からも血が流れて顔を伝い、固く閉じられた目は開かれることはない。ぐったりと力無い身体は、おさきちゃんのされるがままになっていた。
誰が見ても、すでに事切れているのは明白だった。
「……坂井さま……‼︎ なんてこと……‼︎ 」
目から涙があふれ、口からも嗚咽がもれる。
意地っ張りだけど、優しい少年だった。
心の底からおさきちゃんを大切に思っていた。
あんなに白虎隊に復帰して戦うことを望んでいたのに。
「ねえっ!まだ戦うんじゃなかったの⁉︎ 目に物見せてくれるって、仇をとるって言ってくれたじゃない……っ‼︎ 」
叫びながら泣きながら、おさきちゃんは坂井さまを必死で呼び戻そうとしている。
その声が届くことはもうないというのに。
「おさきちゃん、あなたも血が出てるわ。傷を見せて」
涙を拭い、鼻をすすってとなりに屈み込むと声をかける。この上おさきちゃんまで命を落としたらと心配でたまらない。けれど彼女は激しく頭を振った。
「わ、私は擦り傷よ。源吾どのが私を壁際に寄せて覆い被さってくれたから……。この血は庇ってくれた源吾どののものよ……」
おさきちゃんの顔にも胸のあたりにもついてる血飛沫。
これが坂井さまの血なら、出血もひどかったということになる。
坂井さまは身を挺して、降り注ぐ鉄片からおさきちゃんを守り抜いた。
彼女に対する坂井さまの強い想いをあらためて感じさせられて、また涙があふれた。
いつまでも留まっていることに焦れて助四郎が叫ぶ。
「お嬢さま、早くここから離れやしょう!もうそのお方はいけねえんでしょう⁉︎ だったら行きやしょうって‼︎ 」
「だけど、おさきちゃんが……!おさきちゃん!」
促すけれど、おさきちゃんは坂井さまを抱きしめたまま、またもや頭を振った。
「いや……源吾どのをこのままにしておけない!」
「けれどグズグズしてるとまた次の弾がくるわ⁉︎ 」
動こうとしないおさきちゃんに助四郎が苛立ち、チッと舌打ちする。「お嬢さま‼︎ 」と催促されるが、放っておくなんてできるはずもない。
「もういいの……おさよちゃんは行って?私は源吾どのと一緒にいるから……」
「ダメよ!そんなの‼︎ 」
おさきちゃんの肩を強くつかんだ。胸に抱かれた坂井さまを無理やり引き離そうとする。
「おさよちゃん⁉︎ 何するの⁉︎」
「坂井さまはこのまま置いてくの‼︎ 」
申し訳なく思いながらも乱暴におさきちゃんから坂井さまの亡骸を引き剥がし、床に転がせた。
おさきちゃんが悲鳴をあげる。
「ひどい‼︎ なんてことするの⁉︎」
「ひどいのはおさきちゃんのほうよ‼︎ 命と引きかえにしてまで守った坂井さまのお気持ちを無駄にする気⁉︎」
「………‼︎ 」
「話は後よ‼︎ 助四郎、手伝って‼︎ 」
一喝して勢いのまま彼女を立ち上がらせると、助四郎とふたりで片方ずつの手を引っ張りながら走る。両手を引かれるおさきちゃんは泣きながら、一度だけ坂井さまを振り向くと弱々しい足取りながらもついてきてくれた。
落ちてきた柘榴弾が再び爆発したのは、それから間もなくだった。
私達は辛くも難を逃れることができた。
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