この空を羽ばたく鳥のように。





敵の大砲の向きが変わったのか、大書院から砲弾の音が遠ざかった。
これ幸いと次の負傷者を移動させようと皆で向かっていた時に、こちらに駆け寄ってくる人がいた。

見るとそれはおさきちゃんで、目の前まで来た彼女はホッとした表情を浮かべて言った。



「ああやっぱり、おさよちゃんもこちらに来ていたのね!私も心配になって何かお手伝いできないかと思って来てみたの!」

「考えることは同じね」



私達は顔を見合わせて苦笑する。
おさきちゃんに会えたことでまた勇気がわいた。

と、おさきちゃんに気づいた坂井さまがなぜか足音も荒く近づくなり大声を出した。



「さき姉、何で来た⁉︎ 婦女子は隠れていろと通達されたはずだろう⁉︎」



いきなり怒鳴られ、おさきちゃんも私も驚いて坂井さまのお顔を見つめる。おさきちゃんは困惑して言った。



「だって心配で……私でも来れば何か役に立つと思って。おさよちゃんだって来てるんだもの、私だっていいでしょう?」

「駄目だ!今すぐご母堂のもとへ戻れ!」

「なんで……」

「なんでもだ!」



ものすごい剣幕で言われ、さすがのおさきちゃんもムッとする。



「なんなのよ、頭ごなしに言い放って!それにおさよちゃんには言わないで、なんで私ばかり言うのよ⁉︎ だいたい源吾どのにそんなふうに言われる筋合いないわ⁉︎」

「……!それは、そうだろうが……俺は、さき姉を」



危険な目に遭わせたくない。

坂井さまのおっしゃりたい言葉が聞こえなくても届く。
先ほどの山浦さまと同じ。大切な人を目の前で失いたくないという強い思い。

男達にとって、大切な人が安全な場所に避難している事こそ、何よりの安心感につながるのだろう。



言い淀んで目をそらす坂井さまと、睨みつけるおさきちゃんのあいだに入って言う。



「ふたりともやめてください。言い争いしている(ひま)などありません。いつまた砲撃がこちらに向くかもしれないのですよ」

「だって、おさよちゃん……!」



私は坂井さまを見つめて、少し強い口調で言った。



「坂井さま。今はひとりでも多くの助けが必要ですから、有り難くおさきちゃんの手を借りましょう」



それを聞いた坂井さまは、こちらを見もせず唇を噛んだ。



「……勝手にすればいい。どうせさき姉は、俺の言うことなんか聞きやしないんだからな」



不満顔でおっしゃると、そのまま私達に背を向けた。
機嫌を損ねさせてしまった。気まずい雰囲気が漂う。





――――コォーッッ!





いきなり私の耳にするどい鳴き声が届いてハッとした。
幾度となく聞いてきたから分かる。これは土津さまが鳴らす警鐘だ。とっさに身を固くする。

続くように空から嫌な音がこちらに降り注いできた。緊迫した空気がまわりに広がるなか、坂井さまが耳を澄ませてつぶやく。



「この音は……!」



バリバリと裂けるような大きな音をたてて屋根を突き破り砲弾が落ちてきた。
それも、私達から数間も離れていないところに。

坂井さまが叫んだ。



柘榴(ざくろ)弾だ‼︎ 爆発するぞ‼︎ すぐにここから離れろ‼︎」



一瞬で皆に戦慄が走る。砲弾が爆発したらここにいる皆がただではすまない。坂井さまが恐怖で凍りついて動けないおさきちゃんの手をつかんだ。



(消火を……水桶は⁉︎)



瞬時にまわりに目を走らせる。打ち掛けが浸された水桶が私達と落ちた砲弾のあいだにあった。砲弾との距離は五間(9m)ほどか。



ダメか?ーーーいいえ、きっと間に合う!



水桶に向かって駆け出す。けれどすぐに助四郎に手を取られた。



「いけませんやお嬢さま!死ぬおつもりですかい⁉︎」



一瞬を争う事態を邪魔された怒りに助四郎を振り返る。「何するの!」と怒鳴りつけてやりたいほどだった。
脳裡にお八重さまの言葉がはっきりとよみがえる。





『もしためらいが生じたならば、すぐにお逃げください。迷うその一瞬が命取りになります。それだけ危険な仕事ですからーーー』





ああ、ダメだ。もう間に合わない。爆発する。



「逃げるのよ!助四郎‼︎」



グイッと助四郎の手を引き、砲弾から少しでも離れようと駆け出した。まわりの皆もすでに逃げ出している。

迷った一瞬のあいだに遅れをとった。
今さらながら消火を試みようとしたことを後悔する。


せめて助四郎だけでも生かさなくては。
私のためについてきてくれたんだもの。
ここで死なせる訳にはいかない。


助四郎のほうが脚が速くて、私を抜いて手を引かれる立場に変わる。



(早く……!どこか壁の後ろへ!)



けれど防御壁を見つけて身を隠すこともできぬまま、背後でバァン!と大きくはじける音を聞いた。





―――― あぶないっ !!!





後ろを振り返った矢先、衝撃波を受ける。
その刹那、目の前に鮮やかな露草色があらわれ視界を(おお)った。

開けてられなくてぎゅっと目をつぶる。私の身体は爆風に吹き飛ばされ、壁だか床板だか知らない硬いものに強く打ちつけられた。しびれた痛みが全身を貫いたあと、吸い込まれるように意識が遠のいていった。

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