この空を羽ばたく鳥のように。




小野さまが凧を眺めながら、感心したようにおっしゃる。



「いやまったく、ここの子供らの豪胆さには驚かされますな」


「子供達は本当に役立ってくれてます。凧が揚げられない時には、敵が撃ち込んだ小銃弾の弾拾いをしてくれます。
拾った弾から鉛を取り出し、鋳直(いなお)して新しい弾を作っているのは、ご老人や負傷して戦えない兵士達です。
作った鉛玉を火薬とひとつにする早合(はやごう)を作るのは私達 女子(おなご)の仕事です。このように城内の動ける者は皆 仕事を持ち、兵同様に戦っておるのでございます」



説明すると、朝比奈さまをはじめ、隊員の皆さまは得心して頷いた。



「なるほど、確かにご婦人がたの働きは賞賛に値します。
入城してから城内の様子も見て参りましたが、ご婦人がたは砲弾が飛んできても慌てた様子もなく泰然と仕事に従事しておられる」



朝比奈さまがそう話すと、首肯しながら坂田さまも言葉を継いだ。



「さよう。逆に城内の男達は命を惜しみ、砲声が聞こえただけで猪首になり逃げまどう始末。
耳にした話では、二百石以上の家来などは、その有様を見て不忠にも城を脱走した者が大勢いるとか。まったくもって不甲斐ない。その者らは禄盗人(ろくぬすびと)だと皆で申しておった」



同じ副長の速水さまも口をはさむ。



「それに比べたらご婦人がたの活躍は天晴れなものです。まこと頭の下がる思い。この緊迫した戦況で、頼もしい限りです」



凌霜隊員の皆さまからそう言われ、おさきちゃんと私は面映ゆい心持ちになる。

もちろん私はそんなふうに賞賛されるに値しない。けれどもおさきちゃんや他のご婦人がたの働きは(たた)えられるべきもの。
だから凌霜隊員の皆さまのお言葉は嬉しかった。



「ありがとうございます。皆さまのお言葉は、これからの励みになります。今後も何かございましたら遠慮なくお申しつけください」



他国から来たため、ここでの要望は何かと言いにくかろうと思いそう伝えた。
すると坂田さまと速水さまが顔を見合わせる。
何か言いたい事があるようだ。
朝比奈さまはそれに気づかず、私達に笑いかけた。



「いえ、食事を届けていただけるだけで十分ですよ。ありがとうございます」

「ですが、坂田さまと速水さまは何か……」



おふたりを見つめながら言うと、朝比奈さまもそちらに顔を向ける。
速水さまが何とも言えない表情で口を開いた。



(はばか)りながら言わせていただくが、その、このかぐわしい香りはどうにかなりませぬかな」


「かぐわしい香り……」



その言葉に、その場にいた皆がハッとする。



「もっ申し訳ございません!おっしゃる通り、何とかしたいとは思うのですが、何分(なにぶん)にも始末する人手も暇もございませぬゆえ……!」


「速水副長、食事中ですよ。尾籠(びろう)な話は控えていただかないと」


「ああ、いや、すまない」



小野さまが困ったように速水さまを(たしな)める。
私とおさきちゃんは恥じ入るようにうつむいた。

速水さまがおっしゃりたいことはよくわかる。


籠城する者の数は数千人にものぼる。
自然その排泄物の量も莫大なものになる。
城内の雪隠(せっちん)はすぐにいっぱいになり、それを掃除する人手も暇もない。
そうなると人々は城内の(すみ)や道ばたで排泄するようになり、城内はどこへ行っても糞尿の匂いが漂っていた。

それだけじゃない。血の匂い膿の匂い、城内外に放置された遺体の腐敗臭。
辺りは鼻をつく臭気で満たされ酸鼻を極めていた。



「確かにこのような状態では不潔極まりないですね。
人の健康を保つには、清潔な衣食住がなければなりません。ここはそれのどれを取っても劣悪な状態です。このままでは、良くない病も広がってしまうやもしれません」



医師である小野さまが深刻な表情でおっしゃる。



「城内におる者は、みな死ぬ覚悟ですから」



おさきちゃんが凛として言うと、凌霜隊員の方がたは顔色を曇らせた。



「いや、申し訳ない。このような事をあなたがたに申しても改善は難しいでしょう。こちらで日向さまを通じて上層部に申しておきます。
我々でも、手が空く時はできるだけのことはいたします」



速水さまのお言葉に、私とおさきちゃんは「よろしくお願い致します」と深くお辞儀するしかなく、その場を離れた。

何もかも足りない。それが歯痒かった。










猪首(いくび)……首をちぢめること。

不甲斐(ふがい)ない……歯がゆく思えるほど、いくじがない。

尾籠(びろう)……不潔であること。きたないこと。けがらわしいこと。

雪隠(せっちん)……トイレ。

酸鼻(さんび)(きわ)める……見るに耐えないほど悲惨な状態となる。

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