この空を羽ばたく鳥のように。





自分達を傷つけた源太を、憎むどころか恩義を感じているなら、九八達を信用しても大丈夫なのだろう。


小野さまのお言葉に安堵しつつ、源太を褒められたことに嬉しさを感じる。



「ですが源太は、各地を転戦されてきた皆さまとは違い、籠城戦に入ってから戦いに参戦しました。まだ戦闘経験が浅いため、人を殺めることをためらい、九八達に対してそのような憐憫の情が沸いたのでございましょう」



謙遜して私が言うのへ、小野さまは首を振る。



「そうかもしれません。ですが戦乱の世にその心を失わず、保ち続けることは難しい。
春日どののその行いこそが肝要なのです」



それは人として失ってはならない、
――――命を慈しみ尊ぶ心。



源太は間違いなく持っている。
そしてそれは、どれだけ戦が続いても変わることはないだろう。



「まこと良き奉公人です。大事にしてあげてください」

「……はい。ありがとうございます」



―――言えなかった。


源太に会うことができない自分の状況を。


だからこそ、余計に会いたくなった。
会って、私達のこと、小野さまが褒めていたこと、いろいろ伝えたかった。





「ところで、お訊ねしたいのだが」



瓦礫に腰掛けた坂田さまから声をかけられて、沈みがちだった顔をあげる。
坂田さまは天守を指差して訊いた。



「御殿の上にあがっているもの―――あれは、凧であろう?」



その場にいた凌霜隊員が坂田さまの示す方角に顔を向ける。
おさきちゃんがそちらを振り向いて答えた。



「はい。おっしゃる通り、凧でございます」



私も同じほうを見るとたしかに天守の向こう、本丸御殿の上空にいくつかの凧が揚げられ、ゆらゆら浮かんでいる。



何故(なにゆえ)この状況下で凧を揚げておるのか?」



坂田さまが不思議がり首を(ひね)るのを見て、私とおさきちゃんは微笑した。



「凧を揚げているのは子供達です。ああして、城内で戦う兵士達を鼓舞しているのです」



坂田さまや他の凌霜隊員の方がたは怪訝な顔をする。



「しかし、あのように目立つことをしておれば 敵のいい目標になりはしないか。子供らが危なくないのか」


「すでに城内に安全なところなどございません。ですが案ずることはありません。
子供達はとっくに砲弾に慣れておりますから」



子供達の順応性は驚くべきもので、最初は恐ろしがっていた砲弾も、今は「トンボ」と呼んで怖がることなどなくなっていた。
しかも子供達によれば音だけで砲弾がくるのが分かるようになり、「トンボが飛んで来るぞ」と言って素早く避けるのだった。

凧揚げの腕もなかなかのもので、あがっている凧も爆風や砲煙に煽られながら、ゆらゆらと落ちることなく空中に姿を留めている。

その姿は城内にいる兵だけでなく、城外で戦っている味方の兵をも勇気づけ、士気を高揚させていた。

凧揚げは「まだ城は落ちていない、城内の兵は今も意気軒昂だ」と敵味方に報せるためでもあったのだ。



「しかし……あの凧はまた、面妖な、珍しいものですな」



好奇なまなざしで凧を見つめ続ける朝比奈さまが可笑しくて、反対に訊ねる。



「あら、朝比奈さまは唐人凧(とうじんだこ)をご覧になるのは初めてですか?」

「唐人凧?……とおっしゃるのですか」

「はい」



ギョロリとした(まなこ)()き出しにし、大きな口から長い舌を出す、唐人武者の顔が描かれた凧。

「べろくん出し」と呼ばれるその凧は、冬になると盛んに揚げられる多数の凧の中で、少年達が最も好んで揚げたものだった。

武士の子弟などは、凧合戦ともなると唐人凧に細いわら縄を付けて尾を作り、その先に刃物をつけて喧嘩させたりしていたほどだ。


しかも長い舌を出す姿は「あかんべえ」をしているようにも見え、それを敵に見せることで、いくらか憂さ晴らしにもなっているのだろう。


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