「すまぬが、我々にもいただけますかな」
「あっ、はい!どうぞ!」
ふいに声をかけられ、考え込んでいた私はハッとして顔をあげる。
そこには、少年達と一緒に見覚えのある顔ぶれの壮年の兵士達が並んでいた。
「おや、あなたは。またお会いしましたな」
「あっ……あなたがたは」
源太とともに城下でお会いした、凌霜隊員の方がただ。
あわてて頭を下げ、先日のお礼を述べる。
「先日は本当にありがとうございました。私は会津藩士 津川瀬兵衛の娘でさよりと申します。
あのおり供をしていた者は春日源太と申しまして、ともども大変お世話になりました」
それから九八達を運んでいただいたこともお礼すると、「なに、たいしたことはしておりませんよ」と彼らは気さくに笑う。
重たい空気が纏う中に、さわやかな風が吹いたような気がして、少しだけ気分を変えられた。
「どうぞ、おあがりください」
凌霜隊の方がたにおむすびと副食を配る。
少年隊長の朝比奈さまや副長の坂田さまと速水さま。来られた順に渡していくと、あの日軍医と称していた小野さまも来られていて、私の前に立つとにこりと笑いかけた。
「すまぬが、おむすびを多くいただいてもよろしいかな」
「はい、それはかまいませんが……お仲間にお届けなさいますか?」
「うむ、まあ、そのようなものだ」
少し濁した物言いと、おむすびを五•六個掴む様子にぴんとくる。
「……あの、違っていたならお詫びいたします。もしかして源太が倒した者達に持ってゆくおつもりですか?」
たしか九八達が休んでいるところは、空き蔵だと聞いていた。そして小野さまは負傷した彼らは自分が看るとおっしゃっていた。
そこから、九八達のいる空き蔵は西出丸にあって、凌霜隊の屯所と同じ場所、もしくは近くにあるのではないかと推測した。
そのことを伝えると、小野さまは目を見開く。
「分かりますか」
「分かってしまいました」
このやりとりに小野さまは苦笑した。
「もちろん、他に負傷している隊員の分もあるのですがね」
「それでしたら、かの者達はわたくしが面倒をみますので、かまわずにおいてくださいませ」
「えっ、あなたがですか?それはまた何故」
「それは―――」
驚く小野さまに、簡潔に訳を話す。
私の家族の世話をしていた源太が、急に父上に付き従うことになり、代わりに賊の男達のひとりである九八が、今朝から私ども家族の世話を始めたこと。
九八が働くかわりに (それと源太の様子を探らせるかわりに) 負傷した残りのふたりの面倒は仕事の合間に私がみると約束したこと。
「さようですか……九八がご家族のお世話を」
医師として面倒をみていた小野さまは、彼らの名をご存知だったようだ。
「はい。野盗だった身ゆえ、幾許かの不安はありますが」
「いや、そのあたりの心配は無用でしょう」
なぜか小野さまはきっぱりと断言した。
「なぜ、そう思われますか」
首をかしげて訊ねると、小野さまは目を細めて教えてくださった。
「九八らが、春日どのに恩義を感じているからですよ。
そもそも戦の混乱のなかで、野盗などという卑劣な行為をはたらいた者は、捕まえて即斬り捨てるが当然のこと」
「そんな……まさか」
捕らえられたあとは、吟味してそれ相応の罰を与えるのが筋ではないの?
小野さまは冷ややかに言ってのけた。
「戦の最中ですよ。詮議にかけている暇などありませんし、そんな面倒なこと誰もしません」
言葉を失う。何も言えずにいる私に、傍らで話を聞いていた坂田さまがおっしゃった。
「戦は人心を狂気に変えてしまうものだ。平時ならば恐ろしく思える行為でも、戦で乱れた世では平然と行えてしまう」
「狂気……」
以前、討ち取った兵士の肝を食べたという蛮行を耳にしたことを思い出して、血の気が引く。
朝比奈さまも言葉を継いだ。
「我々は各地を転戦しながら、幾度もそのような凄惨な場を見てきました。
農民でさえ土地を蹂躙された腹いせに、負傷して動けずに助けを乞う兵士を襲い、金品を強奪していたほどです」
「九八らとて同じような振る舞いをしていたのでしょう。
ならばいつ自分らも立場が逆転して殺されるか、おのずと知っていたはずです」
小野さまが結ぶ言葉に、背筋が、凍った。
(戦は、人を鬼に変える)
憎しみが憎しみを呼び、負の連鎖に落ちてゆく。
衝撃を受け、顔面蒼白になる私に「だが」と、小野さまは柔らかな口調で続けた。
「春日どのは、九八らを斬り捨てることはしなかった。命を取らないどころか、傷の具合を案じて城まで連れて行き、その後の面倒までみている。そこまでしてもらった九八らが恩を感じないはずがないでしょう」
「そう……でしょうか?」
「そうですよ。いやまったく、じつに奇特な男ですな」
源太のことをそう評して、小野さまは笑った。
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