この空を羽ばたく鳥のように。





苛立つ気分のまま 一日の仕事を始める。


朝は台所へ出向き、炊き出した黒米をおむすびにして、各所に配りに行く。



「では、いってまいります!」



用意できた黒米のおむすびとささやかな副食を長持ちの蓋にのせ、おさきちゃんと向かうのは白虎合同隊と凌霜隊が守っている西出丸。



「さあ!今日も頑張って働くわよ!おさきちゃん!」


「ど、どうしたの?おさよちゃん。やけにはりきってるけど……」


「べつに!何でもないわよ!」



気持ちがすさんで行動が荒々しい。

ふんっ!と、勢い込んで長持ちを持ち上げ、戸惑うおさきちゃんを引きずるようにして西出丸へ向かう。



すでに砲撃は、朝早くから始まっている。



憎たらしい砲弾に当たり、大事な食糧を台無しにしないよう、空の様子をうかがいながら西出丸に到着した。



「お待たせしました!お食事でございます!」



運んできたおむすびを長持ちに乗せたまま塀近くに用意された台に置くと、西出丸を取り仕切る日向内記隊長が近づいてきた。



その姿を見て、どきん とする。



日向隊長は「ご苦労でござる」と私達に労いの言葉をかけてから、西出丸を守る隊士達に向けて声をかけた。



「皆、食糧が届いたぞ!朝餉といたそう!」

「はい!」



待ってましたとばかりに少年隊士達が群がる。
洗ってもいない(すす)まみれの手で、お腹を空かせた隊士達はおむすびを頬張ってあどけない笑顔を見せた。


緊迫する戦地での、わずかな憩いの時間。


食べ盛りの少年達に、お腹いっぱい食べさせてあげられないのがつらい。


そして――――その少年達の中に、どうしても喜代美の姿を探してしまう。



恋しいその姿を見つけられず、何度も襲われる胸の痛みと虚しさに目を伏せる。



(……喜代美は、一時でも私が源太に身を預けたことを知ったら、どう思うだろうか)



ふと そんな考えがよぎり、なおさら気持ちが塞ぐ。



喜代美は怒るだろうか。
私を軽蔑するだろうか。
源太を許さないだろうか。



それとも優しい彼は、自分が不在なゆえの心細さと籠城の過酷さを理解して、源太にすがってしまった私を許してくれるだろうか。



(ああ―――なんて都合のいい考えだろう)



自分のことばかりで。喜代美が今、苦しい思いをしながら戦っているというのに。



(私は最低だ)



やり場のない気持ちを胸に視線をさまよわせると、自身はおむすびに手を付けず、腹ごしらえする少年達を柔らかなまなざしで見守る日向隊長に目が止まった。



「あの、日向さま」



声に反応してこちらを振り向いた日向隊長は、食糧を運んできたのが私だと気づくと、少年達に向けていた柔らかなまなざしを消して眉をひそめた。



「これは……津川さまの」

「はい。娘のさよりでございます。日向さま、お訊ねしてもよろしいでしょうか」



断りを入れてから、こちらに来るたびにぶつけてきた質問をまたくりかえす。



「戸ノ口原の戦いではぐれた士中二番隊の隊士の皆さまは、その後 安否は如何なりましたか。日向さまのもとに何か報せが届いておりませんでしょうか」



日向隊長はうんざりしたようにため息を落とすと、やはり同じ言葉を返した。



「何度もお答えした通り、それがしのもとへは何の報せも届いてはござらぬ」


「それはまことでございましょうか。なにか、ほんの少しでも……」


「くどいですな、まことでござる。それがしは今、西出丸を死守することが勤め。それ以外の伝令は届いてござらぬ。
あなたも武家の子女なら、一度送り出した者をいつまでも待つなどという考えは捨てることですな」


「……!」



何事かと食べる手を止め、少年達が注視するなか、日向隊長に強い口調で言われ、何も言えなくなる。



確かに、武士は忠義に殉ずるを美徳とする。
一度戦場に向かえば、そこで死するのが当たり前で、生きて帰るのは恥だと考えられてきた。

だから送り出したほうも、よもや帰ってくると思ってはいけない。


そのはずなのに、いつまでも安否を気にするのは未練がましいと思われただろうか。
女の浅ましさと思われただろうか。



日向隊長の強い口調のなかには、「武家の子女としてこれ以上恥をさらすな」との戒めが含まれているのかもしれない。



不快をあらわにしてその場を立ち去る日向隊長に、なおも追いすがることもできず、唇を噛みしめる。


注視していた少年達も、止めていた食事の手を進めてさっさと済ませると、すぐに持ち場に戻って行った。





「おさよちゃん……」



おさきちゃんが心配して近づくと、そっと肩をさすってくれる。
彼女もそれこそ籠城当初は弟君の安否を訊ねていたけれど、最近は口にしなくなっていた。

いつまでも訊ね歩くのは良くないと彼女自身も区切りをつけたのだろう。



それでも、私はあきらめきれなかった。


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