私だって。
私だって、
今朝 源太と会うことにためらいがあった。
どんな顔して話せばいいのかわからなかった。
昨夜の行為ではっきりと気づいた。
私にとって源太は、間違いなく、
『他の人とは違う』存在になっていた。
喜代美とも違う―――べつな。
けれども、やっぱり大切な存在だと気づいてしまったから。
それなのに―――たとえ会いづらいからって、こんなふうに拒絶されて、いきなり目の前から姿を消してしまうなんて。
こんなの―――納得できるわけないじゃない!
拳を握りしめる。
腹が立ってならない。「黙っていましょう」と言ったのは源太なのに。
(なぜ自分ばかりさっさと言ってしまうの!)
素知らぬふりができないなら、私を巻き込んでくれたっていいのに。
自分だけ罰を受けるような真似をして。
苛立つ私に、みどり姉さまが怪訝な顔でおっしゃった。
「落ち着きない、さより。九八の申す通りよ。殿方が命をかけてお勤めに励む大事な場所へ、女子が軽々しく向かうものではないわ。お勤めの妨げになるでしょう」
「……はい。おっしゃる通りです。申し訳ございません」
納得いかないまでも、みどり姉さまのもっともな言葉にしぶしぶうなずく。
「にわかに頼んだ小者では、きっとお世話が行き届かなかったのよ。源太なら父上のことを熟知してるもの。源太に任せていれば安心だわ」
みどり姉さまは屈託なくおっしゃる。
父上はもう六十を超えた老齢だ。いろいろと気難しく、たしかによく知らない小者がお世話するには荷が重いのかもしれない。
「けれど、こっちだって大変なのに……」
「さより」
私を軽く睨んでから、母上も問題ないというように首肯した。
「お父上のお世話が一番ですよ。わたくしどもは、自分のことは自分で行わなくては。
この九八とて、源太が寄越してくれた者なのだし、頼りになることでしょう」
「きっと城外に出た時に、源太が近在の村で頼んできた者なのね」
と、源太のする事だから間違いないとばかりに、母上もみどり姉さまも勝手に解釈して納得している。
いいえ。こいつは源太と私を襲った野盗なのですよ。
……なんて言ったら、母上達は卒倒するだろうから言わないけど。
母上は九八に向けてやんわりと言葉をかけた。
「九八。見たとおり、わたくしどもの家族は年寄りや女子ばかりです。ですから男手があると、とても助かります」
「あっ、へえ」
九八はまたまた間の抜けた返事をした。
私はその返事が気に障るが、母上はさしたることもなく、にこやかにうなずいた。
「よろしく頼みますね」
九八はうろたえたように、また「あっ、へえ」と返事をして腰を屈めると恐縮したように頭を下げた。
「九八。話があるから、ちょっとこちらへ来なさい」
私が中庭の外へ促すと、九八は露骨に嫌そうな顔をする。
「いいから!」と、無理やり引っ張るようにして外に連れ出すと、人気のないところを見計らって九八に迫った。
「九八。これから源太のところへ行ってきて」
顔を寄せて命令口調で言うと、九八は目をぱちくりさせる。
「だけんど、源太さまはこちらのお世話をしろと」
「もちろんこっちのほうでも働いてもらうわ。
けれど、手が空いた時はなるべく源太の様子を見てきてほしいの」
「様子って、どんな」
「それは……」
近寄ってよく見ると、戦で荒れた日々を過ごすうちに出来たのか、九八の浅黒い顔はかさついて細かい皺がいくつも刻まれている。
年は三十前後だろうと思われるその顔をひきつらせて返された問いに、一瞬だけ言葉を詰まらせ目を伏せた。
「……たとえば 父上との関係がギスギスしてるとか、元気がないとかケガをしたとかよ。
とにかく少しでも源太の様子がおかしかったら私に報せてほしいの」
「そんなに源太さまが気になるんで?」
九八は私と源太の事情を何事か察したのか、だらしなく頰を緩めた。ジロリと睨みつけると、すぐ表情を引き締めたけど。
「余計なこと考えないの。そのかわり、私も手が空いたらあんたの仲間の面倒をみるわ。食べ物も分けてあげる。困ったことがあったら何でも言って。
けれど私の大切な家族の信用を失くすような振る舞いをしたら、すぐさま野盗だとバラして、家中の者に手討ちにしてもらうから」
凄味を利かせると、九八は怯えたように身を縮ませた。
「おっかねぇお嬢さまだぁ」
「なんですって?」
またまた声を荒らげると、九八は「ひゃあ」と情けない声を出して駆けて行った。
怒りが収まらない。まったく!男ってのは!
(何が「掟に反する」よ!
一番大事なことに限って、嘘つくんだから!)
喜代美もそう。源太もそうよ。
(私の気も知らないで‼︎ )
むしゃくしゃして「あ――っ!もう!」って、叫びたくなる。
――――本当は、分かってる。
喜代美も、源太も。
私のためについた嘘だってこと。
だけど――――!
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