この空を羽ばたく鳥のように。





「そうだ、猫よ!野良猫が入って倒しちゃったことにすれば……」


「お嬢さま」



あれこれ考え、何とかごまかそうとする私に、源太は優しく言った。



「してしまったことは、もうどうしようもございません。私は、正直に謝ることこそ大事だと思います」


「でも……怖い」



あの頃、父上は普段はとても私に甘かったが、怒るとものすごく怖かった (今もそうだけど)。

鬼の形相で叱る父上の姿を想像しただけで涙ぐむ私に、源太は屈みこむと目線を合わせて微笑した。



「そうですね、私もです。ですが嘘をつくのは掟に反します。そして言わなければならない事を黙っているのは、自分を偽ることになるのです」


「自分を……(いつわ)る?」


「はい。失敗は誰もがすることです。ですから失敗すること自体は恥じることではありません。次に気をつければよろしいだけですから」



それから源太は笑みを消して、私に覚えさせるように、ひと言ひと言、心を込めて言葉を継いだ。



「恥じなければならないのは、してしまった失敗をごまかしたり、黙っていることです。

たとえ誰も見ていなくとも、お天道さまと自分だけは存じているのです。
それを隠し続けているのは、きっと叱られるよりもつらいことですよ」



叱られるつらさは、ほんの一時(いっとき)
終わってしまえば、楽になる。

けれど、黙ってるつらさはずっと続く。



「お嬢さまは、どちらがよろしいですか?」



源太に優しく訊かれて、私はわあんと泣き出した。



「……ち、父上に、謝りに行く……っ」



しゃくりながらようよう言うと、源太はにっこり笑って私の頭をなでた。



「ご立派でございます。ご案じなさいますな、源太もお嬢さまとともに旦那さまにお詫びいたしますから」


「え……でも、源太は悪いことしてないよ」


「お嬢さまを薙刀の稽古に誘ったのは私でございますから、私にも責任があります。

それに私もこの場におりましたのに、お嬢さまおひとりがお叱りを受けるのは 自分の意に反します。
一緒に叱られたほうが、いっそ清々(すがすが)しい気持ちになりましょう」



そう言って笑う源太の笑顔が、これから叱られにゆく私に勇気をくれたんだ。



それからふたりで父上のところへ赴き、盆栽を倒したことをお詫びしたのだけれど、やはり父上にものすごく叱られ、大泣きしたのだった。


だけど 正直に打ち明けたことを後悔したり、叱られたことをいつまでも引きずることはなかった。


父上の居室から出たあと、源太が「よく頑張りましたね」って言って、褒めてくれたから。


源太だって、父上が怒鳴っているあいだ、(すみ)で身をすくめてじっと耐えていたのに。

私と同じく、怖かったでしょうに。

それでも何でもなかったように笑ってくれる。



(源太が言ったとおりだ)



終わってしまえば、清々しい気持ちになれた。



ひとりじゃないから、がんばれた。
源太がいてくれたから。









ああ――――あれから六年経って、
私も源太も、あの頃より大人になったのに。



目の前に立つ源太は、何も変わらない。



自分を偽らず、正しい心と信念のままに、ひたむきにまっすぐ生きている。


そんな源太だから、津川家に来た喜代美もすぐに信頼して打ち解けたし、私もいつも頼みにしていたんだ。





「……わかった。源太の好きにしていいよ」



父上に正直に打ち明けるなら それで構わない。
自分を偽り、隠したままで生きてゆくより、
そっちのほうが源太らしい。



「そのかわり父上にお詫びにゆくなら 必ず私も一緒に行くわ。だって、ふたりで言えば怖くないでしょう?」


「さよりお嬢さま……」


「あの時と同じよ。だから、抜けがけは許さないわよ」



そう言って、私は微笑んだ。


源太の信念を、無理やり曲げることはしたくない。
でも、源太ひとりに責任を負わせない。





源太はしばらく考えたあと、



「そうですね……いや、今回のことは旦那さまにはふせておきましょう」



と、自らの信念を曲げるようなことを言った。



「……え?」



私は驚く。



「お嬢さまがおっしゃるとおり、ふたりだけの秘密、ということで」


「どっ、どうして⁉︎」


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