「源太が喜代美の代わりになる必要なんかない。誰も、喜代美の代わりになれないんだから」
きっぱり言うと、源太は暗い表情でうなずく。
「わかっております」
「いいえ、わかってない」
私は源太の両手をつかんで握りしめた。
まっすぐ見つめて言う。
「源太は源太のままでいいの。誰も、源太の代わりにはなれないんだから」
源太は意味が汲み取れないというように眉をひそめるけど、私は構わずに続けた。
「私が身を委ねたのは 喜代美の代わりを求めたからじゃない。誰でもよかった訳じゃないの。
源太だからよ。心が揺れて……優しいあなたに救いを求めてしまったの。
けしてあなたの中に、喜代美を見ていたんじゃない」
「お嬢さま……」
「身分だって関係ない。源太は源太よ。
私にとって源太の代わりは誰にもなれないわ。
あなたを……家族のように大切に思ってる」
両手を握りしめながら本当の思いを伝える。
意味を噛みしめたあと、源太は少しだけ目を細めた。
「……ありがとうございます。お嬢さまに対して淫らな行為に及んだ私を、そのようにおっしゃっていただけるなんて」
「違うわ、私がそう望んだの」
先ほどの行為を思い出すと、恥ずかしくて顔が熱くなる。
けれど源太は真面目な顔で、握った私の両手をほどくと静かに首を横に振った。
「いいえ。私は間違いを犯しました。奉公人である私が、主人のご息女に不埒な真似をいたすなど許されることではございません。
……お嬢さまがおっしゃったとおり、土津神君に見咎められたのでしたら、私はいずれ罰を受けることになりましょう」
ドキッ、とした。
「まさか、まさか源太……この事を父上に打ち明けたりしないわよね?」
源太は真面目な人だから、父上に正直に打ち明けたあとで、自ら責任を取って死を選ぶのではないだろうか。
そんな嫌な想像をして、私は青ざめた。
「自ら、しでかしたことですから」
「ダメ!」
肯定するような源太の言葉にすぐさま叫んだ。
「間違いを犯したというなら、私も同じだわ!源太が責任取って自害なんかしたら、私も命を絶つから!」
源太が驚いたように目を瞠る。
「それは、また、困ったことを……」
「そうよ!困るでしょう⁉︎ だから父上には言わないで!
これはふたりだけの秘密!わかった⁉︎」
半ば脅しのように言うと、目を丸くした源太が思わず苦笑した。
「なんだか、昔のことを思い出しました」
「昔のこと?」
「はい。お嬢さまが、旦那さまの大切にしておられた盆栽を倒してしまわれた時のことです」
「……あ」
思い出した。
あれは、喜代美が津川家に養子に来る少し前のこと。
私が十二、源太が十七の歳だった。
当時 喜代美を津川家に迎え入れることに反感を抱いていた私は、毎日 苛立っていた。
どこにぶつけていいかわからない怒りを、薙刀を振ることで紛らわせていた。
あの日も、源太が稽古に誘ってくれて。
長い冬が終わりを告げ、ようやく春の兆しが見えてきたよく晴れた日に、私は彼の槍を相手に薙刀を振るっていた。
中庭はふたりで仕合うには狭すぎる。日当たりの良い表なら、雪も溶けているし、広いから思う存分薙刀も槍も振れる。
だから、その日は表で稽古をしていた。
けれどそこには、父上が大切に育てている盆栽が置かれていた。
父上もまた、やっと訪れた春の暖かさに盆栽を日当たりの良い表に出し、日光に当てていたのだ。
はたして腹いせの稽古に夢中だった私は、薙刀を横に払った時に盆栽に当ててしまったのだった。
「あっ…ああ〜どうしよう!父上に叱られちゃう!」
父上が日頃 愛でていた松の盆栽。
知られたら、ただでは済まない。
「お嬢さま、旦那さまにお詫びにまいりましょう」
源太がそう言うも、叱られるのが怖くて、とても正直に言うことなどできない。
思いっきり、ぶんぶんと首を横に振った。
「ダメよ、源太!言っちゃダメ!源太も叱られたら嫌でしょう⁉︎ だから父上には言わないで!これはふたりだけの秘密!わかった⁉︎」
ーーーそうだ。あの時も、私はそう言った。
そして、同じように源太は目を丸くして苦笑したのだった。
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