この空を羽ばたく鳥のように。




そんな心の動きが源太にも伝わったのか、私を支えていた彼の手がゆっくりずらされ、私の身体をなでてゆく。

その手は腰にまわされ、強く源太の身体に引き寄せられた。もたついた脚のあいだを彼の脚が割って入り絡みつく。密着度を増して身体が熱くなった。



「さよりお嬢さま……」



源太は熱っぽい声で呼ぶと、少し身を(かが)めて、自身の胸に(いだ)く私に頬ずりする。

(いつく)しむように、彼の唇が、私の髪に、(ひたい)に、頰に触れる。

彼の手が、指が。腰に、背に、肩に沿って滑らかに動く。



目を閉じて それらを感じていた。
頭の中が、(もや)がかかったようにぼんやりする。
このまま身を(ゆだ)ねてしまおう―――そう思った。





………弱い私。

こんな私なんか、罰を受ければいい。


源太にめちゃくちゃにされて、後で後悔すればいい―――――。























――――コオ――ォッッ。





突如 夜空に響き渡った、鋭い鳴き声にまぶたを開ける。


鳴き声に引かれて顔をあげると、月明かりに天守の上空を飛ぶ大きな鳥の影が見えた。



あれは――――。





顔を上げた私の首筋に源太の手が触れる。

源太はどこか陶酔した面持(おもも)ちで、鳥の鳴き声など気にも留めていないようだった。

夜空に気をとられる私の意識を戻すように、顎に手を添え、ゆっくり自分のほうへ向けると、覆うように顔を近づける。



口を吸われるんだと思った。



そうわかってても、不思議と(あらが)う気持ちになれなかった。

それどころか、それを待つ自分も、きっとどこかにいた。



源太の唇が私の唇に重なろうとしたとき。
私の口から、ほろりと言葉が漏れた。



「……はにつさまが」

「え?」



故意に発した言葉ではなかった。
知らないうちに漏れた言葉だった。



私を見つめる源太が怪訝な顔をする。



「いま……何とおっしゃいましたか」



私は夜空に目を向けた。



「天守の上空を、大きな鳥が羽ばたいていったのが見えたの。月明かりで影しか見えなかったけどわかる。あれは白鳥よ」


「白鳥……」


「源太は聞いたことない?あの鳥は土津(はにつ)さまの化身なのですって」



突然ふられた話題に、源太は気が削がれたような複雑な表情を見せる。



「耳にはしておりましたが……根も葉もない(うわさ)でございましょう。それがいったいどうしたというのでしょうか」





私は喜代美のように生き物には詳しくない。

けれど、たぶん鳥は「鳥目(とりめ)」という言葉があるくらいだから、夜目(よめ)がきかないんだろう。
だから鳥達は日暮れになるとみな住処(すみか)に帰ってゆく。

こんな夜に飛ぶのは、夜目のきく(ふくろう)夜鷹(よたか)ぐらいしか思えない。


それなのに、あの白鳥は夜空を飛んでいる。ただの白鳥ではないはずだ。



(土津さまが、空からご覧になっている)



道を外した行為に及ぼうとする私達を―――(いまし)めるかのように。





「土津さまが、私の弱い心をお叱りになっているような気がするの」



だんだんと(もや)がかかっていた頭の中がはっきりしてくる。



私、どうかしてた。



今の鳴き声を聞いてなかったら、私は一時(いっとき) 喜代美のことを忘れ、源太のすべてを求め 受け入れていた。

そうすることで自分を(あざむ)き、罰を受けた気になって、自責の念が薄れるよう願った。





けど、そうじゃない。
これは喜代美への裏切りだ。





「源太……ごめんなさい。私やっぱり……。
やっぱり、喜代美が戻って来たとき、心から喜べる自分でありたいの」



言って、源太の身体から身を離そうとする。
一瞬 拒むように彼の腕に力が込められたけど、
それはすぐにするりと抜けて、私は腕の中から逃れることができた。



ひどいことをした――――喜代美にも、源太にも。



私は源太の優しさを利用して、つらさや苦しさから逃げようとしていた。



もう遅いかもしれない。
一瞬でも揺らいだ心は消せやしないだろう。



私は、自分の弱さに負けてしまった。



「誰も喜代美の代わりになんてなれないのに」



つぶやいた言葉に、源太はうつむき、固く目を閉じた。



「承知しています……何もかも。喜代美さまの代わりになれるはずがないことも、(おのれ)の身分が(いや)しく、お嬢さまに触れる資格がないことも」


「それは違うわ、源太」



源太の言葉を、すぐさま打ち消した。










※俗に夜盲症のことを「鳥目」といいますが、鳥は夜になると目が見えないという訳ではありません。ニワトリなどの一部を除いて、ほとんどの鳥が夜でも目が見えています。たいていの鳥が昼行性なので夜に姿が見えないことと、ニワトリという身近な鳥が鳥目だったことがそういったイメージを植えつけてしまったようです。渡り鳥などは夜間に飛行するほうが多いそうです。

幕末期にそのことが世に知られているか疑問だったので、作中ではあえて間違いを記載させていただきました。ご了承ください。

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