この空を羽ばたく鳥のように。




「げ……源太!大事ない⁉︎ ケガは⁉︎」



私を(かば)い、自らの身体を盾として危険から守ってくれたのだと知ると、あわてて無事を確認するため声をあげる。

顔をあげた源太が穏やかに答えた。



「大事ありません」

「……本当に⁉︎」



その言葉だけでは不安で、腕を伸ばすと源太の背に手をまわす。肩や背中をさすって、本当にどこも痛めていないことを確かめると、やっと安心できた。



「大事ありませんよ。まことです」



源太は同じ言葉を繰り返し微笑する。
心からホッとするとため息が漏れた。



「よかった……!ごめんね、私 ぼうっとしてて……」

「お疲れなのですよ。お嬢さまがご無事でよろしゅうございました」



源太は私が無事なことを心底安堵して言うと、首を巡らせて背後の様子をうかがった。



「どうやら砲撃を受けて脆くなっていた壁が、崩れてきたようですね」



地面には落ちて割れた屋根瓦や壁の一部が散乱している。頭を直撃していたら無事では済まなかっただろう。


冷や汗が出るとともに、自分の情けなさを悔やんだ。



ーーーまた源太に助けてもらった。
しっかりしないといけないのに。



「本当にごめんなさい。私……源太に頼ってばかりで」

「なんの。私でお役に立てるなら、こんなに喜ばしいことはございません」



こちらを向いた源太ににっこり言われると、恥ずかしく思えてうつむく。



源太は頼りになる。
私を気遣い、いつもそばにいて助けてくれる。



だから。だから、

つらい時にーーー思わず寄りかかってしまいそうになる。





いけないのに。

本当は喜代美が戻ってくるまで、ひとりでしっかり立っていないといけないのに。





「……あまり ご無理をなさらないでください」

「えっ」



源太の言葉にドキッとして聞き返す。
心の中を見透かされた気がした。



「あまり(こん)()めすぎますと、お嬢さまが参ってしまわれますよ」



あ……なんだ。仕事のことかとわかると、力が抜ける。



「ありがとう。でも平気よ。皆が頑張っているんだもの。私も頑張らないと」



気負って言うと、源太は心配そうに表情を曇らせた。



「しかし、お嬢さまが参ってしまわれては元も子もございません。
あなたさまは津川家をつなぐ大切な御身。何かあってからでは……」



そんなふうに言われて自嘲が浮かぶ。
なんでみんな、そんなに私を大切にするの。



「大丈夫よ。私がいなくなったって、津川家が潰えることにはならないわ。
喜代美がいればそれで充分だし、たとえもしそれが叶わなくても、生き残った誰かが養子を迎えればいい」


「いけません、そんなことをおっしゃっては」



自分を軽んずる私の物言いを、源太が遮る。



「あきらめてはなりません……貴女(あなた)さまは、この源太がお守りいたします」



真剣な表情と言葉に、心が揺さぶられた。





だめだよ。ひとりで立たなきゃいけないの。

喜代美が戻るまでは、誰にも寄りかかっちゃいけないの。





………でも、とっくに気づいてる。





私を抱きしめる源太の腕が、さっきから少しも(ゆる)む気配がないことを。



そしてそれを知りながら、源太の腕から逃れようとしない自分にも。





「……そんなに甘やかさないで。でないと、私……」



揺れ動く心に戸惑いながら口走る。
それを感じ取ったのか、源太が私を抱く腕に力を込めた。



「構いません。もっと甘えてください。もっともっと……私を、喜代美さまの代わりと思って……」



(……喜代美の、代わり……?)



そんなこと、思える訳がない。


けれど。


痩せても変わらない源太の(たく)ましく温かな胸が 心地よく思えてならない。

私を力強く捕らえる腕も離さないでほしい。



もう しばらくだけーーーー。



源太の背に手を伸ばして取りすがる。
強い鼓動が伝わる胸に顔をうずめて目を閉じた。



ドクン、ドクン、ドクン。


今だけは何も考えたくない。



ただ 源太の心音に耳を傾け、温かなぬくもりに安堵を求め、されるがままに身を(ゆだ)ねていたかった。



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