この空を羽ばたく鳥のように。





大書院で皆とこれからのことを話し合った。
たつ子さまから破傷風の症状や対処の仕方、患者に対する心掛けなどを話してもらい、どう交代するかなどをおおまかに決めてから別れた。

私は源太と、すでにお休みだろう母上やみどり姉さまのおられる長局へ向かった。



「すっかり遅くなっちゃった」

「そうですね」



そんなことを言いながら、ふたりで廊下を歩いてゆく。



明日からまた忙しくなる。これからは寝る間も惜しんで働かなくては。



手燭を持って先に立つ源太の後ろで、新たな決意と少しの不安を胸に秘める。
真っ暗な廊下を歩いていると、ふと源太が足を止めた。



「源太?」



源太の後ろから顔をのぞかせ、廊下の先を見る。手燭の明かりに照らされた廊下の端に、多数の兵士が横たわっていた。



「まあ……」



それは明かりの届かない先の廊下まで続いている。気の毒に、とうとう部屋では収まりきらず廊下にまで傷病者を寝かせているのか。

彼らは(むしろ)の上に寝かされ、何もかけられてはいなかった。掛ける着物ももうないのだろうか。
廊下は冷えるだろうに、風邪を召さないといいけど。



「もし……」



何か掛けられるものをお持ちしようかと、彼らに近づきながら声をかけようとした。
と、そんな私の肩を源太が無言で引き寄せる。



「源太?」



源太を見上げると、彼は言葉を発することなく首を横に振った。



「え……?」

「もう亡くなられています」



源太の言葉に驚き、兵士達を振り返る。

確かによくよく見てみれば、大書院で看病していた時に声をかけたことのある顔がいくつもあった。

大書院で治療を受けていた者が、いきなり廊下に追いやられるなんて考え(がた)い。

彼らは手当ての甲斐なく、亡くなってしまったのだ。
ーーーそしてこの廊下に出された。


衝撃を受けてよろめく。こんなにたくさんの人が亡くなり、並べられているなんて。
倒れそうになる私を、源太が後ろから支えながら沈みがちな声で言った。



「おそらく遺体が多すぎて安置する場がないのでしょう」



ーーーー遺体が多すぎて。
あとからあとから 息を引き取る人が出るから。

埋める場所も(いとま)もなく、しかたなく廊下に寝かされた遺体。



「……っ」



涙があふれてきて、口元を押さえる。


私のせいで亡くなった先ほどの破傷風患者も、あとからここに並べられるのかもしれない。


そう思うと、再び自責の念が湧き起こり、胸が潰される思いだった。



「お嬢さま、長局には外から参りましょう」



源太が気遣い、震える私の背に手を添える。
そのまま促され廊下を戻った。





ーーーふと脳裏に、あの並べられた遺体の中で同じように横たわる喜代美の姿がよぎり、ゾッとした。


(やだ!何を考えるの!) と 即座に打ち消し首を振る。



並べられた遺体は、看病むなしく亡くなられた傷病者だ。喜代美はお城に戻っていない。
だって戻っていたら、いの一番に私に報せるはずだもの。



(大丈夫。喜代美はここにはいない。いたら絶対私に会いに来るはずだから)



何度も何度も、自分に言い聞かせる。



でもーーーー。

いつになったら、死の連鎖は止まるのか。
いつになったら、この戦いは終わるのか。



あるいは本当に、全員が死なない限り、戦争は終わらないーーー?








大書院まで戻り、広縁から外に出た。



「明かりは必要なさそうですね」



源太の言う通り、外のほうが屋内より明るかった。見上げると丸く膨らんだ月が 砲撃を浴びて痛々しい天守を淡く照らしている。



また脳裏に喜代美の姿が浮かぶ。
部屋の縁側で月を眺める喜代美の、月明かりに照らされたキレイな横顔を思い出す。



(喜代美……)



喜代美の姿が次々と頭に浮かんできて、会いたい気持ちがあふれて泣きそうになる。


塞いだ気持ちから うつむいた私は、建物に沿って歩きはじめた。源太も無言で後に続く。




御殿のまわりに人がいる気配はなかった。
静かだ。
もう深夜に近い。各門では門兵が起きていて敵襲がないか目を光らせているだろうが、城内の兵士は戦闘の疲れで休んでいるのだろう。

秋も深まり夜風はすっかり冷たくなっていた。着たきりの着物はすり切れて薄くなり、寒さをしのぐことなどできやしない。

冷えた身体を両手でさすり、疲れた足を引きずるように歩く私の頭上でふいに嫌な音がした。



「ーーーお嬢さま!」



先に気づいたのは源太だった。

何かが崩れ落ちる音に振り仰ぐと同時に、後ろからものすごい力で身体を引っ張られる。

思わず目をつぶった。何かに覆われる感触。
その刹那、物が地面に叩きつけられるような音が響く。
ガラガラ、ガチャン!、パリン!と割れる音も聞こえた。



(……!)



しばらくして静かになると、おそるおそる目を開ける。


私は、源太の腕の中に抱かれていた。


.