「どうですか。やってくれますか」
瀬山さまが確かめるように訊くけれど、即答ができない。亡くなってしまった患者を思うと、やはりためらう気持ちがある。
「できるでしょうか、私達に……」
破傷風に対する知識も経験もない。
そんな私達が看病を勤めて、先ほどのように、また誰かを死なせてしまったら。
「看病といっても、わたくしどもも見守ることしかできませぬ。ただ発作がおこれば舌を噛み切らぬよう、反り返ったら背骨を折らぬよう、その都度 対処するのみです」
「ですが……」
「やらねばならぬのです。そなたたちは昼間はそれぞれ勤めがありましょう。照姫さまには具申しておきますから、夜に交代で参りなさい。そのほうが、そなたたちも少なからず楽だと存ずるゆえ」
「楽……とは」
意味が汲み取れず訊き返すと、たつ子さまが答えてくれた。
「あの症状はちょっとした刺激でおきるのです。明るい日光や、大きな音がするとすぐ発作がおこります。先ほどのように、発作をおこした患者の呻き声が引き金となって、他の患者が次々と発作をおこすこともあります。
ですが暗く静かになる夜は、昼間より発作がおきるのが少なく、やりやすかろうという意味です」
それで得心がいった。夜なのに照明を暗くして声をたててはいけないとおっしゃったのは、発作がおこらないようにするためだったのか。
「一番良いのは 暗く静かな部屋で症状が治まるまで安静にすることですが、城内はどこも砲弾が降り注ぎ、静かな場所などありませぬ。
照姫さまのご配慮で御殿の一番奥まった部屋を使わせていただいてますが、昼間は砲声が響きわたり、患者の症状は悪くなる一方です」
瀬山さまはため息をつかれた。
本当はお城を出て、静かな郊外で療養するのが一番いいのだろう。
けれど敵がうろついてる城下で患者を運ぶのは容易ではない。病人だからと見過ごしてくれる敵などあろうはずがない。
罹ってしまったら、ほとんどの人が助からない病気。
救うことができず、折れてしまう心に負けることなく、看病ができるだろうか。
「……わたくしはやります」
静かな、けれど芯のこもった声が、優子さんの唇から漏れた。
背中を押されるように、おさきちゃんと同時にうなずく。
「私達も。少しでもお役に立てるなら」
それを聞いて、瀬山さまのまなざしが初めて和らいだ。
「その志に感謝いたします」
「……ごめんなさいね」
瀬山さまに明日の晩から看病に付くことを約束し、皆で大書院へ戻るとき、たつ子さまがおっしゃった。
「あなたがたを巻き込んでしまって」
私達三人は顔を見合わせる。
たつ子さまは正直な思いを語った。
「……少し腹立たしかったのです。楽しそうに談笑しているあなたがたを見て。
苦しい思いをしている方がたがたくさんおられるというのに、なぜ笑っていられるのかと。
わたくしはあなたがたに、ただ意地悪をしたかっただけかもしれません」
一日の終わりに親しい人に会い、お互いの無事を喜び、談笑して笑顔になる。
それは次の日も生きている限り頑張ろうと思える原動力になっていた。
けれどまわりには、大切な人を亡くし深い悲しみに沈んでいる人や、身体を負傷し苦しんでいる人もいる。
私達は少し不謹慎だったのかもしれない。
「申し訳ございません。浅慮だったと思います。これからは気をつけます」
こちらが素直に謝ると たつ子さまは首を振る。
「いいえ、わたくしのほうこそ。
けれど……引き受けてくれて嬉しかった」
少し恥ずかしそうにおっしゃるたつ子さまに、私達は微笑みかけた。
「たつ子さま、がんばりましょう。私達は巻き込まれたなんて思ってませんよ」
「そうですよ。むしろ、あのような大変な病状に苦しんでいる方がたがおられたことを教えていただき、身が引き締まりましたわ」
おさきちゃんも優子さんもたつ子さまに近寄り口々に言う。
「ありがとうございます」
たつ子さまがしおらしく頭を下げる。
私も言った。
「でも、たつ子さま。私は笑うことは大事だと思います。
なんと言っても元気が湧いてくるのですから。患者を励ます時も、笑顔でなくては。
それだけはお許しくださいませ」
私の言い分を聞いたたつ子さまは、フッと微笑してうなずいてくれた。
「まったくあなたという方は……わかりましたわ」
笑顔はみんなを元気にする。
少なくとも、私はそう信じてる。
なんだかたつ子さまとは、良いお友達になれそうな気がする。
そんな私達を、あとからついてくる源太が優しいまなざしで見守っていた。
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