皆が塞いだ気持ちに口を閉ざす。
凌霜隊の結成からこれまでの戦闘の経緯、戦死者の数などの詳細は、私達には知る由もない。
ただ、ひとつだけわかるのはーーーー凌霜隊もこの戦いに負けられないということ。
彼らが援軍に来てくれたことをあらためて感謝しながらも 物悲しさを感じずにはいられない。
(どうか彼らの戦いが報われますようにーーー)
目を閉じて胸中で祈ると再びまぶたを開ける。
と、少し離れた場所で、ちょうど立ち上がった板橋たつ子さまの姿が視界に入った。
「たつ子さま」
目が合って、こちらから声をかける。
「たつ子さまも、どなたかのお見舞いですか?
よろしければこちらへ参りませんか」
たつ子さまは呼びかけに応じて近づいてきたものの、その表情は親しみを込めたものでなく、冷ややかな視線で私達を見回した。
「あなたがた、仲がよろしいのね。皆で集まって談笑しているなんて」
たつ子さまの険のある物言いに眉をひそめる。
「どういう意味でしょうか」
こちらも同じような口調で訊き返すと、たつ子さまは薄く笑った。
「あら、気分を害されたならお詫びするわ。
けれど身内で集まる時間があるのなら、他の負傷者の方がたにも声をかけてあげてほしいの。
御殿には家中の藩士だけでなく、各地から参られた兵士の方がたも沢山おられるのだから」
言われてはっとする。
つい今しがたまで、私達は遠い郡上から来てくれた凌霜隊のことを話していた。
彼らのように、他国から戦い続けて負傷した方がたが、ここにはたくさんいる。
「わたくし達 奥女中の者は、照姫さまのご意向により、瀬山さまや安尾さまをはじめ、勤めの合間に他国の負傷された方がたを見舞い、お世話させていただいてます。
あなたがたは家中で気にかけてくださる知人も縁者もおりましょうが、遠い故郷を旅立ち、会津救援のためこの地に赴き奮戦してくだされた兵士の方がたは、負傷されても医師が診るほかは寄る人もなく寂しい思いをされておられるはず。
わたくし達はその方がたに寄り添い手助けすることも大切なお役目と心掛けております」
きっぱりとおっしゃるたつ子さまのお顔は、まだ若いながらも奥女中としての品位や風格がはっきりと現れている。
夜になっても休むことなく他国の者まで気遣う奥女中の配慮や働きを知って、私は自分が恥ずかしくなった。
何も言えずにいる私達の中で、たつ子さまは優子さんに目を向ける。
「あなたは中野こう子さまのご息女ですね」
「あっ……はい。優子と申します」
あわてて顔をあげる優子さんに、先ほどと変わらぬ口調でたつ子さまは続けた。
「こう子さまのお働きは御殿でも評判ですよ。
それに姉君もご立派な最期であったと聞き及んでいます」
入城してからのこう子さまは、竹子さまの死を悼む暇を自身に与えないかのように休みなく働いた。
その働きぶりには数々の武勇伝が伝わっている。
ある日 こう子さまが庭先で負傷者の血や膿で汚れた衣服を洗濯していたおり、すぐ近くに焼玉が落ちてきた。
彼女は顔色も変えずに素早く洗濯していた盥の水を焼玉にぶちまけ消火したので、火災を未然に防ぐことができたという。
またある時こう子さまは、負傷者の手当てをしている最中に黒米のおむすびをいただくことになった。
その手は血と膿にまみれていたが、こう子さまはそのままおむすびを取ろうとした。
居合わせていた依田菊子さまや他の婦人がたが「あまりにひどいから手をお洗いになって」と止めたところ、こう子さまは「なに膿など何ともなくなった」と、そのままの手で平気でおむすびを食べたそうだ。
そのような豪快な振る舞いが ご老公さまのお耳にも届き、こう子さまは御前に召し出されることになった。
そのおりご老公さまより大杯に御酒を賜ったが それを一息に飲み干してしまったので、ご老公さまをはじめ、まわりの者達も天晴れと褒めそやしたという。
「おそれいります」
こう子さまの評判は、御殿中に知れ渡っていた。優子さんが控えめに頭を下げると、たつ子さまは目を細めてさらに言葉を続けた。
「あなたもご母堂と姉君を見ならって、もっと励んでいただかないと」
「……おっしゃる通りでございます。面目次第もございません」
優子さんは顔色を変え、恥じ入るように顔を赤らめてうつむいた。か細く詫びる彼女の姿を見た山浦さまが、すかさず口をはさむ。
「優子どのもよく働いてくれておりますぞ」
するとたつ子さまは、山浦さまを見下ろして含んだ笑みを浮かべた。
「そのようですね。実に甲斐甲斐しいこと」
嫌味のように聞こえて、山浦さまが不快な表情を見せる。優子さんはますます顔を赤らめて、泣きそうになってうつむいた。
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