「ーーーああ!いたいた!さき子!」



ふいに聞こえたその声に向けて 私達三人がふり向くと、声の主はおさきちゃんのお母上さまのくら子さまで。

くら子さまはあわてたふうで駆け寄ると、頰を緩ませておっしゃった。



「早くこちらへおいでなさい、源吾どのが気づかれましたよ!」


「え……!本当に⁉︎」



おさきちゃんと私は顔を見合わすとすぐさま立ち上がり、くら子さまにおますちゃんを託して先に大書院へ向かう。

坂井さまのもとへ行くと、床に伏しながらも しっかりと視線を定め、こちらを見つめる彼の姿があった。



「源吾どの……!」


坂井さまの(かたわ)らに腰を下ろす、おさきちゃんの目が潤んでいる。

無理もない。ずっとつきっきりで看病していたんだもの。
おさきちゃんの胸中は、報われた喜びであふれているに違いない。


おさきちゃんと見つめ合うと、坂井さまがかすれているけどしっかりした声で訊ねた。



「……ご母堂(ぼどう)からうかがった。さき(あね)、ずっとついててくれたんだって……?」



「そんなたいしたことじゃないよ」とばかりに おさきちゃんは微笑んで首を振る。



「……夢現(ゆめうつ)つに、さき姉の呼ぶ声が聞こえた。そうか、あれは夢じゃなかったんだな……」



ふっと笑う坂井さまの手を取ると、おさきちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。



「よかった……本当によかった」



手を握りながら ぽろぽろと涙をこぼすおさきちゃんを見つめて、まだ起き上がれない坂井さまは困ったような、照れたようなお顔になった。



「おい 泣くなよ……。さき姉は怒ってるか笑ってるかのどっちかにしてくれって言っただろ」


「ふふっ、そうね。じゃあ笑うことにするわ。源吾どのが目を開けてくれたから」



そう言って笑うおさきちゃんが、とてもまぶしく見えた。


幾重にも(おお)い積もる悲しみに負けない、希望の花のようだった。










夢現(ゆめうつ)つ……夢と現実。または、夢と現実の境がはっきりしないさま。


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