なんだかもうこんな空気が嫌で、いつもの喜代美に戻ってほしくて、
だから彼がとなりに座り直すと私はすぐに謝った。
「き……喜代美!私、気に障ること言ったなら謝るから!だから……あの……ごめんなさい!!」
「違うのです」
穏やかに遮ると、再び私を見つめるまなざしをいつもの優しいものに変える。
ううん、違う。少し……哀しい。
喜代美はひとつ深呼吸すると静かに話し始めた。
「―――父に『養子にゆけ』と告げられたとき、幼い私は両親に捨てられるのだと思いました」
「え……」
「私はいらない子なのだ、だからどこかにやってしまおうとお考えなのだ―――子ども心に、そう思ったものです」
喜代美は今まで誰にも話さなかっただろう心の奥底に溜め込んでいた思いを、ゆっくりと吐き出すように続けた。
「生意気にも恨み言も申しました。『父上は八三郎を捨てるのですか』と。
父は何も理由を語ってはくれませんでした。
もっともらしい説明も、説得もありませんでした」
語りながら、喜代美は遠い星空を仰ぐ。
その瞳は星を見ているのではなく、幼い日にお父上と向かい合った自分の姿を見ているのだろうか。
「ただ父は、これだけ仰せになられたのです。
『父も母も決してそなたを捨てるのではない。そなたは必要とされているのだ』と。
――――私を必要としてくれるお方がいる。
『ならば、私でお役に立てるのなら喜んで参りましょう』と、私はその思いだけで、この津川の家に来たのですよ」
そこで一度言葉を切ると、私を見つめる。
はにかんで笑うその顔は、いつもの大人びている微笑とは違い、少年らしい笑顔だった。
胸が……締めつけられる。
初めて知った 喜代美の思い。
初めてこの家で出会った幼い喜代美は、そんな思いで養子に来ていたの……?
※はにかむ……恥ずかしそうなそぶりや表情をする。
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