しばらくすると おさきちゃんのご母堂のくら子さまが現れて、顔色の悪いおさきちゃんと坂井さまの看護を交代してくれたので、私も挨拶を交わして心配しつつおさきちゃんを見送る。

それから母上のもとへ戻ろうと、宴の中にいるみどり姉さまに声をかけに行った。



「みどり姉さま。そろそろ私達も……」



どうしたのか、今まで賑やかだった宴の場が、先程と打って変わりシンと静まり返っている。

父上や源太、山浦さま、宴に参加していた負傷者達の顔が暗く沈み、みどり姉さまのお顔も蒼白になっていた。



「……? 皆さま、どうなされたのですか?」



膝をついて訊ねると、みどり姉さまが山浦さまの近くで伏していた負傷者を横目で見遣りながら、小声でいま耳にした話を聞かせてくれた。



「ーーーえっ」



話を聞いて戦慄する。あの者の弟君は薩摩の兵士になぶり殺しにされたあげく、腹を割かれ生き肝を抜き取られたという。
傷を負い動けなかった彼は、陰でその光景を目の当たりにしながら、どうしようもできなかったのだそうだ。




「なんと……恐ろしい……」





驚愕な話に衝撃を受ける。にわかには信じられない話だった。


山浦さまが怒りに目を光らせながら静かにおっしゃった。



「戦いの最中で話だけは耳にしたことがある。西軍の奴らは会津兵を討ち取ると、その者の肝や肉を“会津烏”と称して食べるのだそうだ。死者を冒瀆する、なんとむごい所業か」





ゾッとした。

人が、人の肉を喰らうなんて。
そんな人道にはずれたことが、まさか本当に起こり得るのだろうか。



「何が王師じゃ……奴らは奸賊、外道じゃ。畜生にも劣る者どもよ」

「そんな奴らに頭など下げるものか。死んだほうがましじゃ」



まわりで伏せっていた負傷者達も、悔しそうに漏らしては顔を歪める。
そばで伏していた当人が、傷を負った身体をおして起き上がった。見ると彼は右脚を失っていた。


銃創を負ったら弾が貫通しているかどうかを確かめ、弾を取り出してすぐ消毒しなければならない。
そうしないと傷口が腐って全身にまわり、膿毒症で死んでしまう。

蘭医学を学んだ医師の松本良順により、毒が全身にまわるのを防ぐため、傷を負った腕や脚を切断する処置もなされていた。

彼の脚はそのためのものだろうか。不憫に思っていると、山浦さまに向けて彼は男泣きに懇願した。



「お願いでございます……この傷では、拙者はもう戦いに出ることは叶いませぬ。どうか弟の仇を……!」


「承知した。貴殿はゆっくり傷の養生をすることだ」



山浦さまが彼の肩を優しく叩く。
そんなふたりのやりとりを黙って見つめた。



籠城が始まってからこれまで、自分の目で見てきただけでも、惨憺たる状況だった。

けれど戦線で戦う兵士達は、私が想像もできないような極限状態に追い込まれてるのかもしれない。



戦争とは人殺しだ。より多くの人を殺したほうが勝ちとなる。だから敵兵と出会ったなら躊躇せずに討ち取ることだ。誰だってそう考えるはず。

殺すことに慣れた兵士はそれを繰り返すうち、いつしか心を失って精神に異常をきたし、命の重さも忘れて人をためらいもなく殺すようになるのだろうか。

たとえそれが深手を負って動けない兵士でも、老人や女子供でも関係なく。



(だから亡くなった者にそんな酷い仕打ちができるの?)



そんなのーーー人として許せることではない。





「山浦さま……私からもお願い申し上げます。
どうかこの状況を打開できるよう、ご尽力くださいませ」



思いを込めながら手をつかえ、深々と頭を下げる。


わかってる。こんなことを頼んでも、山浦さまひとりの力ではどうしようもない。

それでも言わずにはいられない。



「うむ。心得た」



山浦さまにはちゃんと伝わっている。
だから深く頷いてくれた。





わが藩の苦しい状況を打破するには、明日の作戦を成功させるしかない。



(どうかうまくいきますように……)



宴会の席から外れて部屋に戻った後も、とても眠ることができず、崩れた塀の隙間から夜空を見上げて祈った。










※生き肝(いきぎも)……新鮮な肝臓。

※所業(しょぎょう)……よくない、好ましくないしわざやおこない。

※王師(おうし)……天皇の軍隊。官軍。


※人肉や生き肝を喰らうという蛮行は薩摩藩に限らず、西軍東軍の双方で行われていたとの証言が残っている。

それは兵糧欠乏で飢餓をしのぐためではなく、地域の風習や、強敵を倒した後にその者の肉を食べると、その者の力が身に宿り、精力がついて強い子孫を残せるなどの迷信、敵に対する憎悪や侮蔑、士気を鼓舞するためなど、さまざまな目的で行われていたと思われる。


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