この空を羽ばたく鳥のように。





――――その夜は、なぜか賑やかな夜だった。



走り長屋のほうだろうか、どこかで兵士達が酒盛りをしている。場違いとも思える、気持ち良さそうな歌声も響いてくる。





(こんなに人の死を(しら)されて、同じような気持ちにはなれない……)





立て続けに耳にする訃報に、心は重く沈んでいて、楽しそうな歌声も慰めには足りない。





夜になってやっと一息ついたので、みどり姉さまといつものように源太の様子をうかがいに行く。

一日の仕事が終わると、私達は部屋へ戻る前に大書院へ足を運んで、源太と今日見聞きした出来事を話し合っていた。





「みどりお嬢さま、さよりお嬢さま。いつもお越しくださりありがとうございます」



源太が顔を合わせると、まず最初に言う言葉。



「そんなに気を遣わないで。私達だって、源太の元気な姿を見れるのが、何よりの喜びなのだから」



私達はこうして毎日顔を合わせることで、お互いの無事を喜ぶ。

源太の身体の状態はまずまずで、あとは完全に歩けるようになるのを待つだけだった。
床はとうに重傷者に譲り、隅の柱に寄りかかり狭い場所で身を縮めながら全快を待っていた。



「どうかなされましたか、さよりお嬢さま」



源太のそばに座してすぐ、彼は私の様子がおかしいと気づいた。けれど首を振って、わざと明るく笑う。



「ううん。何でもないのよ」


「……そうですか」



何でもない訳がないと分かっていても、源太は深く追及しない。そっとしておいてくれる気遣いができる人だから。



「今宵は やけに賑やかですね」



戸障子が砕けてできた隙間から夜空を見上げ、耳を澄ませて源太が言う。
別な話を振ることで、気分を和ませようとしているのかもしれない。



「そういえば、今日は久しぶりに牛肉をいただきました」


「そうなの、今度はちゃんと食べられた?」



みどり姉さまが訊ねると、源太は苦笑した。

以前牛肉を食した源太が「とてもじゃないが臭くて食べられない」と話してたからだ。



もともと魚が主菜だから、肉を食べる風習はない。

しかしわざわざ江戸から会津まで出向き、負傷者を診にきてくれた天下の御侍医 松本良順が、滋養のために牛乳や牛肉を食すことを推進したため、負傷者にはしばし牛肉や牛乳、馬肉、鶏肉などが配られた。

効果はてきめんに出た。傷の肉は盛り上がり、牛の肉などとんでもないと抵抗をみせて食べなかった者より早い回復を見せたという。




「それが空腹のせいか、美味しくいただけたのですよ。
不思議なものです」



源太は笑う。
今はその屈託ない笑顔に救われる。



「そうなの。よかった、ならきっとすぐ全快するわね」



つられて微笑みながら みどり姉さまに目配せすると、先日から話していたことを源太に打ち明けた。



「源太、相談があるの」

「はい」

「まだ歩くのは難渋だろうけど、そろそろ私達の部屋に移るのはどうかしら」



源太は驚いて目を瞠る。



「ですが、私は津川家を辞した身。今さら戻るなど……」


「そんなことはないわ。私達にとって、源太は身内も同然だと言ってるじゃない」


「そうよ、源太。それに昼間は私達が仕事に出ているから、母上やお祖母さまをみていてくれる者がいないの。
源太がいてくれたら、おふたりともきっと心強いと思うわ」



みどり姉さまとお願いするけど、源太は戸惑っている。



「ですが、旦那さまが何と仰せになるか……」


「それは私達が父上にお願いするから何も案じることはないわ。ねっ、みどり姉さま」


「もちろんよ。だからお願い、源太。私達のところへ来てちょうだい」



私達は懇願する。それでもためらう源太に、



「許そうではないか、源太よ」



ふいに大きな声が降ってきた。


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