見上げると、喜代美はもう星空を見てはいなかった。
「………」
今の言葉だけ、喜代美は頷かなかった。否定もしなかった。
その横顔は、完全に笑みを消していた。
ズキン、と胸が痛む。
棘を抜くはずが、逆にすべて埋め込んでしまった感じだ。
「……少し、話を聞いてくれませんか」
どこか遠くを見ていた喜代美がゆっくり息を吐くようにつぶやくと、こちらに顔を向ける。
いつものように微笑み、穏やかな声だった。
けど わかる。明らかにさっきまでの喜代美と違う。
この美しい、そして優しさに満ちていた空間を、私が壊してしまった。――――そう感じた。
喜代美はくるりと背を向けると、すたすたと歩いて自分の部屋の縁に腰掛ける。
そうして月に照らされ白く浮かびあがる彼の顔は、笑顔を完全に消していた。
私を見つめ、自分のとなりに手を置き促してくる。
「姉上もここにお座りください」
真顔の喜代美なんて初めて見るから、その様子がただならぬ雰囲気なのがわかる。
それに今、初めて知った。
真顔の喜代美は――――眼光がするどい。
ヒヤリとした。ゴクリと唾を呑み込む。
(ヤバイ。私、喜代美を怒らせた……?)
でも なんで?早苗さんのこと言ったから?
わからない。けれど普段温和な人が怒ると怖いというのは、きっとこのことだ。
そんなことが脳裏をよぎりながら、これ以上刺激しないよう素直に指示に従う。
喜代美のとなりにおそるおそる腰かけると、緊張のせいかぶるっと身震いしてしまい、思わず自分の体を抱きしめた。
それを見た喜代美が無言で立ち上がったので、余計にビクッとしてしまう。
(ヤバイ。私かなりびびってる。落ち着け、私!)
なんて頭でぐるぐる考えていたら、何かがフワリと肩に触れた。
思わず悲鳴をあげそうになったけど、何とか堪える。
触れたのは羽織だった。
喜代美が部屋からわざわざ自分のを持ってきて掛けてくれたんだ。
「夏とは言えど、夜風が冷たいですね。
寝間着一枚で連れだしたのに、今まで気づかず申し訳ありませんでした……」
後ろから抱きしめるようにフワリと羽織で包み込んで、耳元でそう謝ってくれる喜代美の優しさに、
なぜか胸が詰まり、涙が出そうになった。
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