中野こう子さま達はとりあえずお休みをいただくことになり、女中部屋である長局(ながつぼね)へ退がられた。
そしてだいぶ取り乱していた私も、みどり姉さまの強い勧めで落ち着くまで少し休むことになった。ふらつく足取りで母上やお祖母さまのおられる部屋へ向かう。
最初に落ち着いた小書院が傷病者で溢れかえり、ほとんどの藩士の家族は長局のほうへ移っていた。
長局は、大書院や小書院のある御殿ではなく、奥御殿にある。
二棟ある長局に部屋は二十室あり、八畳や六畳ある一室に平均十二•三の人達が収まっていた。
ざっと計算しても、長局だけで二百人以上が生活していることになる。
もちろん一室にそんなにいたら、身体を伸ばして休める場所などない。そこに負傷者や病人が寝ていたらなおさらだ。皆 できるだけ身を縮めて他人に迷惑をかけないよう気を遣って生活していた。避難者の中には部屋に収まりきらず廊下に出ている者もいた。
けれど動ける者の大半は昼間は勤めに出ているので、部屋の中はいくらか空いているはずだった。
部屋に着くと、そこには母上とお祖母さまのほかに、炊き出しに出ていたえつ子さまもおられた。
「えつ子さまもお戻りでしたか……」
相部屋の他の家族に会釈しながら中へ入り声をかけると、横になるお祖母さまを気遣い身体をさすっておられたえつ子さまが、肉の削げ落ちた青白い顔をこちらへ向けた。
「ちょっとお義母さまの様子が気にかかりましてね」
皆と同様、食事も満足にいかず、痩せ衰え体力が弱まってゆくお祖母さまは、昨晩から熱を出されて臥せっておられた。えつ子さまは心配で仕事も手につかないのだろう。
「私にもお手伝いする事はございませんか」
それを見ていたら、悲しみに沈んでいられない気持ちになった。えつ子さまの前で膝をつき、そう声をかけたけど、えつ子さまは首を左右に振った。
「いいえ、ここはわたくしと奥さまだけで充分です。さよりさんはお勤めのほうを」
「いえ、実は私、みどり姉さまにしばらく休むよう言われまして……」
うなだれて言うと、母上とえつ子さまが顔色を変えた。
「もしや、どこか具合でも……⁉︎」
「あ、いいえ。そういうことではございません。ただ……」
ためらいがちに竹子さまの死を母上とえつ子さまに伝えると、おふたりとも表情を曇らせた。
「お叱りください。悲しみのあまり、お勤めを投げ出し部屋に戻って休むなど……」
うつむく私の膝にえつ子さまが手を添える。
「ですがあなたは部屋に戻るなり、お義母さまのために働こうとしてくれました」
「えつ子さま……」
えつ子さまはかすかに微笑んでおっしゃった。
「そうですね、お願いしましょうか。そのほうがあなたの気が紛れるかもしれません。
額にのせる手拭いがだいぶぬるくなってきたの。盥の水を替えてくれますか」
「……はい!早速!」
気持ちを切り替えて立ち上がると、お祖母さまの床の脇に置かれていた盥を手に取り部屋を出る。
水をこぼさないよう気をつけて歩いてゆくと、廊下でひとりのご婦人とすれ違った。
奥女中の着物をお召しになっているそのご婦人に、なぜか違和感を覚えて目で追った。彼女は私と入れ替わるように部屋へ入っていった。
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