と、腹を立てて去っていったと思われたおさきちゃんが、何かを抱えて戻ってきた。
おさきちゃんはそれを、坂井さまの前に乱暴に置くと、どすんと音を立てて座る。
それは医師から借りてきた消毒薬と包帯だった。
「先生がたはもっと重傷な方がたを診ておられますからね、当分は待たなきゃならないわ。とりあえず消毒するわね」
「さき姉……」
驚く坂井さまにかまわず、おさきちゃんは彼の左側ににじり寄ると、止血として巻かれていた手拭いをほどき、上衣を脱がなくても傷の手当てができるよう、傷口のまわりの軍服の袖を鋏(はさみ)で切り落とした。
「早く治して、もうひと働きしないと。お殿さまのお役に立つんでしょう?」
「あ、ああ……」
戸惑いながらも 処置を施すおさきちゃんを見つめて、坂井さまは素直にうなずく。
今日という短いあいだにしっかり看護の術を体得したおさきちゃんは、手際よく傷口を消毒すると、彼の腕をさすって傷の塩梅をみた。
「骨は砕けていないようね。でも銃弾は貫通してないようだから、先生にお願いして弾(たま)を取り出してもらわないと」
心配するおさきちゃんに、坂井さまは何でもないことのように答えた。
「弾はもう自分で取り出した」
彼はそう言って、軍服の衣嚢(ポケット)に突っ込んだ手を広げてみせた。
「まあ……!」
彼の手のひらに乗る弾を見て、おさきちゃんとともに驚く。坂井さまはこれを、撃たれた直後に小柄で傷口からえぐり出したという。
「これは記念として取っておいた。俺は甲賀町郭門の防戦で、敵を三人斃(たお)したんだぜ」
得意気に口角をあげて語る坂井さまを見て、おさきちゃんと私は顔を見合わせた。
会津藩は長年続いた 北方(北海道)•江戸湾警備や京都守護職などを幕府から任されていたため、費用が嵩(かさ)んで財政は逼迫していた。
そのため薩長に対抗する最新の武器を充分に買うことができず、銃にしても多くの兵は旧式銃や火縄銃に頼るしかなかった。
白虎隊の彼らだって、旧式のヤーゲル銃やゲベール銃を支給されていたはずだ。そのほとんどが数発撃つと打金が弛(ゆる)み、火門が飛び、はては銃身と台が分離してしまう始末で、とても用を為さなかったというから、そんな銃を巧みに操り応戦した坂井さまの活躍はすばらしかったに違いない。
※小柄(こづか)……日本刀に付属する小刀の柄。打刀などの鞘の内側に装着する。
通常 本来の用途では、木を削ったりするが、緊急時には、武器として投げ打って、逃げたり仕掛けたりする。
※応戦(おうせん)……相手の攻撃に応じ、やり返して戦うこと。
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