「あらあ⁉︎ 源吾どのじゃないの!」
突然ふってわいた声に驚いて、少年とともに振り仰ぐ。
「おさきちゃん!」
「 ……さき姉(あね)!」
声の主はおさきちゃんで、彼女を見た少年は、なぜかとたんにバツの悪い顔をした。
「えっ……おさきちゃん、お知り合い?」
おさきちゃんと少年の顔を交互に眺めて訊ねると、おさきちゃんは笑ってうなずく。
「ええ。だってご近所さんですもの。同じ花畑大通りにお住まいの坂井金左衛門さまのご次男、源吾どのよ」
「坂井源吾さま……」
喜代美の消息を報せてくれるかもしれない少年の名前を、記憶に刻みつけるためつぶやくと、おさきちゃんは坂井さまに顔を向けた。
「源吾どの、なんでここに?」
軽く訊かれたその質問に、坂井さまは不機嫌そうに顔をしかめる。
「……見りゃわかるだろ、負傷してここに連れてこられたんだよ。こんな擦(かす)り傷、どってことないって言ったんだが」
「何言ってるの、擦り傷でも命を落とすことだってあるのよ。連れてきてくれた方に感謝しなきゃだわ。ほら、傷を見せて」
「ええっ⁉︎ さき姉が⁉︎ ……大丈夫なのかよ⁉︎」
先ほどの礼儀正しい受け答えとはうって変わった無作法な態度。
傷を診(み)ようと腰を下ろしたおさきちゃんは「まあ!」と眉をつりあげた。
「可愛くないのね!手当てしてあげないわよ⁉︎」
「べっ、別に!さき姉に手当てなんか……医師が診てくれるまで待ってるからいいよ」
突っぱねてそっぽを向く坂井さまに、おさきちゃんはまた「まあ!」と声をあげると、立ちあがって行ってしまった。
離れてゆく彼女の背中を見つめながら、
「ずいぶんと素っ気ないのですね」
おさきちゃんに対する反抗心丸出しの態度をそんなふうに言うと、坂井さまは居心地悪そうな顔をする。
「失礼いたした。……驚かれたでしょう」
こちらを窺うような目線に、思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ。仲の良いご姉弟のようですわね」
そう言うと、坂井さまはため息を落とした。
「そうなのです。あれには弟がいるので、俺とひとつしか違わないのに、俺まで弟のように扱うのです」
坂井さまはムキになって、それが気に入らないとばかりに口を尖らせる。年上といえども女子に軽く扱われるのは、男子としての矜持が許さないのだろう。
おさきちゃんの知り合いと分かったせいか、私に対しても幾分くだけた口調になった。だから私も親しみを持った。
「無理もありません。おさきちゃんの弟君も、坂井さまと同じようにお振るまいですもの。
きっとおさきちゃんにとっては、弟がふたりいるような心持ちなのでしょう」
「………」
それっきり、坂井さまは黙り込んだ。
※矜持(きょうじ)……自分の能力を信じていだく誇り。プライド。
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