天守閣の脇を通って、御門を抜ける。激しい銃撃戦が繰り広げられている北出丸の裏を注意しながら通り抜け、また御門をくぐる。
駆けてゆく藩士や人夫に訊ねながら西出丸に着くと、目の前に飛び込んできたのは、城壁の上に広がるもうもうと噴きあげた黒煙と火柱だった。
(………!!)
愕然とした。息を呑むしかなかった。
あれは日新館だ。日新館が燃えている。
それだけじゃない。
この炎の大きさからすれば、向かいにあったわが屋敷にも、すでに火が燃え移ってることだろう。
(ああ、なんてこと……!!)
藩校日新館は、軍事病院となっていたはずだ。
収容されていた負傷者はどうなったのか。
この混乱の中だ。軍事局は逃げまどう民同様、入院していた戦傷者まで見捨てたに違いない。
実際、後日分かったことだけど、日新館の中にいた人達はこのとき悲劇に見舞われていた。
こんなにも早く敵が攻め入るとは思いもしなかった軍事局は、臣下の家族と同じように負傷者達を事前に避難させておかなかった。
この日逃げられた者は幸いで、そのほとんどが自害するか、日新館脇の西出丸の堀に身を投げて自殺したという。
(なんてひどい……!!)
煙と炎に圧倒されて立ち尽くす。
脳裏には、喜代美と過ごした屋敷での幸せな思い出が、次々と浮かんでは消えてゆく。
失ってしまった。喜代美の帰りを待つ場所を。
家族との思い出がたくさん詰まったあの屋敷を。
この先もっと失ってゆくんだろうか。
これはほんの始まりにすぎないのだろうか。
そう思うと、さらなる不安と恐怖に突き落とされる。
恐ろしさと悲しみが押し寄せて、涙があふれてくる。
あれも家中の者が放ったものなのかと思うと、なおさらやり場のない思いが心を激しく揺さぶる。
どうすることもできない。
まさか、こんなことになるなんて。
(それでも―――それでも、喜代美が生きてさえいれば、何度でもやり直せる)
そう考えたら、心を支えることができた。
あふれた涙を乱暴に拭い、唇を強く噛みしめる。
今さら悔やんでも、これはどうにもならない仕方のないこと。
とにかく今は、君公のご命令を果たさなければ。
あらためて思いを定め、よろめく足に力を込めて西出丸の南側、讃岐門近くまで駆ける。
そこには、すでに何名かのご婦人が集まっていた。
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