婦人が去ったあと、奥女中の娘は腰を下ろして座ると、世話をしていた負傷者に挨拶を済ませて再び立ちあがった。
そうして支度に向かうのだろう、大書院の縁側で立ちつくす私のほうへ歩いてくる。
彼女はこちらを一瞥してうっすら笑った。
「まさかあなたが名乗り出るとは思いませんでしたわ」
「……私とて、わずかなりともお役に立ちたい一心でここにおるのです。
いつまでも足手まといと思われたくはございません」
―――もしかすると私は、彼女に認めてもらいたかったのかもしれない。
それとも、私だってと思う対抗心がそうさせたのか。
「ならば、お手並み拝見とまいりましょう。
泣いて立ちつくすだけのあなたが、どんな意地を見せるのか」
「ええ。その目でしかとごらんください」
薙刀ならば多少は使える。挑むように答えると、彼女は愉快そうにふふっと笑った。
「そのお言葉、お忘れなきよう」
彼女の背中を見送ると、自分も支度をするため、あとに続こうとした。
すると、
「おさよちゃん!」
小書院へ向かおうとする私に、おさきちゃんが追い縋(すが)った。
「どういうつもり!? なんで名乗り出たの!?」
血相を変えて問い詰めるおさきちゃんに驚きつつ、なだめるように答える。
「薙刀の腕には覚えがあるつもりよ。それにお殿さまのご命令なんだもの、私もお役に立ちたいの」
「そんな……!ここだって充分お役に立てるじゃない!
なのになぜ、わざわざ危険なところへ向かおうとするの?」
おさきちゃんの顔から、必死に止めようとする気配が伝わってくる。
ありがたいと思いながらも、しがみつかれた腕から優しく彼女の手を取った。
「大丈夫よ。様子を見にゆくだけだもの。すぐ戻ってくるわ」
「けれど戦場へ向かうのよ。思わぬ被害に遭(あ)うかもしれない。そう思うと心配で……」
彼女の不安をよそに、あっけらかんと笑ってみせる。
「そんなの大丈夫!遠くから見るだけだもの!
それに私は、喜代美の帰りを待たなきゃいけないんだから。こんなところでくたばってなんかいられないわ!」
おどけて言って、安心させるように ぎゅっとおさきちゃんの手を握ると、笑顔を見せた。
――――死ぬ気なんて、ぜんぜんしない。
こうして自分を心配して、帰りを待つ誰かがいてくれると思うと、そんな気持ちが膨らんでくる。
(喜代美も源太も、そう思ってくれたかしら……?そうね、きっとそうに違いない)
大丈夫。だから帰ってこられる。
ふたりの思いと自分の思いが重なり合ったような気がして、嬉しさと安心に少しだけ心が軽くなった。
.

