この空を羽ばたく鳥のように。

 



「……一辺倒の言葉は、父上と母上にお任せするわ」



誰にともなくつぶやいて、まっすぐ源太を見つめる。



「源太……必ず無事に戻ってきて。絶対に死なないで」



源太の目が、驚きで大きく見開かれる。



「武勲なんてあげなくていい。敵に真っ向から挑まなくてもいいの。
そんなことしなくていいから、きっと生きて帰ってきて」 



本当は喜代美にも、八郎さまや他の見送った方がたにも言いたかった言葉。
けれど立場上、どうしても言えなかった言葉。

身分が低い源太だから言えたんじゃない。
私はずっと、誰かにこの思いを吐露したかったんだ。


正直な思いを伝えると、源太は当惑して言う。



「さよりお嬢さま……。それは男にとって、望むべきものではございません。

たとえ軽輩であっても、私は士(さむらい)です。私にも士の意地があります。

士は名を惜しんで身は惜しまぬもの。けして死に際を見誤ってはならぬのです。
私は今がその時と心得ます」


「そうね源太、わかってる」



私が望んでいることは、会津武士道にあるまじき卑怯者の振るまいだと。



「けれど、人は生きてこそお役に立てるの。死んでお役に立つなんて……そんな悲しいこと言わないで」



必死に言うけど、源太は表情を曇らせるだけ。



「ですが私は軽輩の身。それ以外に殿のお役に立つ術(すべ)がございませぬ。お嬢さまのおっしゃることでは……私は何の役にも立てない」



いいえと、精一杯かぶりを振る。



「いつも通りでいいの。私達のそばにいてくれるだけで、源太は充分役に立ってるの。
でも、それではダメ?男として、源太はそんなものでは満足できない?」



源太が私から視線を落とす。
その目に浮かんだ涙はくやしさからなのか、それとも嬉しく思ってくれてるからなのか。



「源太……忘れないで。あなたが死んだら、悲しむ者がここにいるってことを。私だけじゃない。母上やみどり姉さまだって、きっと悲しむわ」


「……ありがとうございます。さよりお嬢さま」



源太は腕で涙を拭うと笑顔を向けた。



「私は、津川家の皆さまに仕えて幸せでございました。
旦那さまや喜代美さま、奥さまやお嬢さまがた、皆さまが家族のように接して下さいました。

今もそのようなお言葉をいただき、もう悔いは何もございませんが、無駄死にだけはしないとお約束いたしましょう」


「源太……きっとよ」


「はい」



笑って応える源太に、私の顔にもやっと笑顔が浮かんだ。










※一辺倒(いっぺんとう)……もっぱらある方向にだけかたよること。

※武勲(ぶくん)……戦場でたてた手柄。武功。